第20話 ……ミルク……

 ご主人はニコニコ笑いながら話を聞いていた。ついていけているのか適当に笑ってるだけなのか……相変わらず表情が読めない。私が知る限りもっともポーカーフェイスな人間だ。


「話をまとめよう」他の人間の理解度を気にしてか、閑古鳥かんこどり会長が言う。「まず、幽霊にも良い幽霊と悪い幽霊がいる。悪い幽霊を仮に悪霊と呼ぼう。その悪霊が悪さをし始めて、その悪霊たちをなんとかするために、一ノ瀬いちのせさんは生徒会を頼ってくれた、ということだね」

「そうそう……」おや……? なんだか一ノ瀬いちのせの顔色が悪いような……「正直、なんで悪霊が悪いことしてるのか、何が目的なのか……それらはさっぱりわからないんだけどね。この学校の生徒会は優秀みたいだから、頼らせてもらったよ」

「それはどうも」それから、閑古鳥かんこどり一ノ瀬いちのせの顔色を見て、「……具合が悪そうだね」

「そう……だね……」一ノ瀬いちのせは口元を抑える。嘔吐感があるのかもしれない。「……やっぱり、人の体に乗り移るのは疲れるみたいだね……ボクは……あれ? その、私は……」


 ごめんなさい、と一ノ瀬いちのせは言った。何に対して謝られたのかわからなかったが、すぐに、


「……疲れた……」一ノ瀬いちのせが言った。いや、この声のトーンは……「乗り移られるのも、楽じゃない」

「ああ……糸谷いとだにさん?」

「そう」どうやら一ノ瀬いちのせが幽体に戻って、糸谷いとだにに体の主導権が戻されたらしい。「これ以上は無理。私も、一ノ瀬いちのせさんも限界。そろそろ、混ざっちゃう」

「……混ざるっていうのは?」

「人格」

「ああ……」閑古鳥かんこどりは納得したように。「一人称がブレてたからね。ボクなのか私なのか……それは一ノ瀬いちのせさんと糸谷いとだにさんの人格が混ざりかけてたからなのか」


 なるほど納得した。たしかに一ノ瀬いちのせは最初、自分のことをボクと呼んでいた。それが途中で私に変わり、最後にはボクと私が混在していた。


 あまり長時間別人の体を使っていると、精神までが混同され始めるらしい。しかも今の糸谷いとだにの様子を見ていると、体力の消耗も激しいようだ。額には汗が滲んでいる。


「お疲れ様。ありがとう」閑古鳥かんこどり糸谷いとだにに頭を下げてから、「飲み物、いる?」

「……ミルク……」


 言って、糸谷いとだにはソファに寝転がった。どうやらよほど疲れているようだった。


 そして閑古鳥かんこどりがミルクを用意している横で、ご主人が言う。


「話したいことは話せたから、あとの行動は生徒会に任せる、とのことです」


 反応したのはゆうだった。


「それは一ノ瀬いちのせさんが言ってるの?」

「はい。疲れたから、ちょっと休むとも言っています」

「なるほど……回復にはどれくらいかかるのかな」

「えーっと……30分もあれば大丈夫だと」


 その言葉に、ソファで寝転がる糸谷いとだにが反応した。


「同じく……30分くらいで戻る」

「なるほど」閑古鳥かんこどりがミルクの入ったコップを糸谷いとだにの前に置いて、「じゃあ、2人が回復したら悪霊探しに行こうか。本来はもっと休んでもらいたいんだけど……あんまり時間もないようだし」


 時間がないのはそのとおりだろう。悪霊のせいで生きている人間側にも幽霊側にも被害が出ている。早く問題が解決できるのであれば、もちろんそのほうがいい。


「それにしても……良いものが見れたねぇ……」頷きながら、閑古鳥かんこどりが言う。「テンションの高い糸谷いとだにさん……なかなかレアだよ」

「そうですね」ゆうが同意する。「普段のクールな糸谷いとだに先輩も良いですけど、元気な姿も素敵でした」


 談笑する2人に、珍しく糸谷いとだにが参加する。


「あなたたちも乗り移られたらいいのに」

「それいいね」閑古鳥かんこどり会長が同意する。「ゆうさんの体で一ノ瀬いちのせさんの性格……なかなか面白そう」

「そうですね」意外にも乗り気なのがゆうだった。「閑古鳥かんこどり会長は……あんまり変わらないように思えます」

「そうだね。結構私と一ノ瀬いちのせさんは似てるのかな?」


 その会話に、ご主人が入っていく。ご主人が入るというより、一ノ瀬いちのせの意見をご主人が伝える。


一ノ瀬いちのせさんも昔、生徒会長だったみたいですよ。だから似てるのかもって」

「おや……生徒会長としても先輩だったのか……なんだか親近感あるね」


 ……親近感か……魔王時代の私はそんなもの感じたことなかったな。魔王という役職は唯一私だけのものだった。他の時代ならば魔王と呼ばれたものは存在しても、私の時代には私しかいなかった。


神代じんだい副会長に乗り移ってもらいたいなぁ……」閑古鳥かんこどり会長が悪巧みした顔で、「あの堅物男が一ノ瀬いちのせさんの人格で動き回る……なかなか楽しそう。幽見かすみさんは……どうだろう。案外、テンション高いのも似合いそう」

 

 そんなこんなで、一ノ瀬いちのせが体を乗っ取って面白いのは誰か、という談義がしばらく続いた。時間がないというのに、割と余裕なことである。


 まぁそれでいいのだろう。現状、できることはない。一ノ瀬いちのせ糸谷いとだにの回復を待つしか選べる選択肢はないのだ。ならば、焦っていたところで仕方がない。リラックスして談笑しているほうが圧倒的に楽だ。


 とにかく、この生徒会というグループは、かなりの仲良し集団らしい。私の率いていた組織は裏切りやら策謀やら金やら……そんな物騒な単語ばかり聞いた。その次代の組織とは、やはり違うらしい。


 それとも……私の統率の仕方によっては、こんな組織にもなり得たのだろうか。私が力で統率したから、部下たちも力で己を示そうとしたのだろうか。


 私の組織は、間違っていたのだろうか。生徒会のような平和な組織を作ることが、可能だったのだろうか。


 そもそも、私はなぜ……世界征服なんて企んだのだったかな……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る