第17話 私の、どうぞ

 閑古鳥かんこどりゆうとご主人でシャンプー談義。たまに閑古鳥かんこどり糸谷いとだににも話を振っていたが、小さく首を振るか、無視するかの2択だった。そして閑古鳥かんこどりがそれを咎める様子もないので、これが生徒会のコミュニケーションなのだろう。


 別に喋るのが良いこととは限らない。沈黙は金という言葉もある。実際、私は糸谷いとだにに対する情報を何1つ得られていないし、情報秘匿には有効な手段だろう。


「さて……じゃあそろそろ行こうか」シャンプー談義を終えて、閑古鳥かんこどりが言う。「良い感じの時間になってきたし」


 窓の外を見ると、すでに日が暮れていた。そこまで暗いわけじゃないが、幽霊が出そうな雰囲気を醸し出していた。


「幽霊さんがいそうな場所に、心当たりはある?」

「どうなんでしょう……」ご主人が珍しく不安そうに、「心当たりと言われましても……」

「そうだよねぇ……じゃあ、とりあえず校舎を一周してみる?」

「それがいいかもしれません」ご主人は頷いてから、一瞬の沈黙。そして、「え? 幽霊がいる場所を知ってる?」


 また変なことを言い出したご主人だった。閑古鳥かんこどりの言葉に返答したのではない。他の誰かと話しているような……


「なるほど」ご主人は独り言のように、「体育館か、屋上……それと、2年3組の教室?」


 おそらくご主人は誰かと話している。しかし、誰と話しているのか、それは見えない。


 この感じは、前もあったな。教室で私の見えない誰かとご主人が話し始めた時があった。


「おや……」閑古鳥かんこどりもさすがに驚いたようだった、「本若もとわかさん……1つ質問。この生徒会室にいる人は何人?」

「? 8人、ですよね?」


 私は含めないとして……閑古鳥かんこどりゆう、そしてご主人本人。さらに糸谷いとだにゆい。私から見えている生徒会室にいる人は4人である。


 +4人。私が知らないやつが生徒会室にいる。閑古鳥かんこどりゆうも見えていなかったやつが、4人いる。


「見えないもんだねぇ……」閑古鳥かんこどり会長は頭をかいて、「灯台下暗し。まさか生徒会室に幽霊が4人もいるとは」


 そうだ。この部屋に幽霊がいたのだ。それも4人。まったく気が付かなかった。その状態で呑気にシャンプー談義なんかしていた。


 しかもご主人の反応を見る限り、そいつらが幽霊だと思っていなかったらしい。生身の人間だと思って、今まで接していたようだ。それを考えると、幽霊というのは案外人間に近い見た目をしているのか? もっとおどろおどろしい見た目をしていると思っていた。


本若もとわかさん」気を取り直して、閑古鳥かんこどりが言う。「この部屋にいる、私とゆうさんと糸谷いとだにさん。それらを除いた人はどんな感じの人?」


 幽霊はどんな感じの人物なのか。


「えーっと……」ご主人は部屋の片隅に目をやって、「まず、あそこの隅に一人いらっしゃいます。見た目は……そうですね。真っ黒な炭みたいな見た目で、スライムみたいな材質です。結構大きくて……煙が出てますね」


 完全に悪霊じゃないか。このご主人、それが見えてて反応してなかったの? 今までそんなものが見えている状態でシャンプーの話してたの? イカれてんのかこの人。


「それから……」ご主人は天井を見上げて、「天井にいらっしゃいます。目がギョロギョロしてて……天井に張り付いてますね。ずっとこっちを見てます」


 なんでこの人こんなに冷静なんだ? 幽霊が見えてるんだよな? 異形の怪物が見えてるんだよな? 悲鳴くらいあげろよ。叫んでくれれば私が危機を察して助けてやるというのに。


「次に」ご主人は閑古鳥かんこどりのほうを見た。「会長の首元に……子供が絡みついてます。手足がすごく長いですね」

「マジで?」


 閑古鳥かんこどり閑古鳥かんこどりで冷静な反応だな。


「はい。とても手足が長いですよ」

「そこじゃなくてね」手足の長さに驚いたわけじゃないらしい。本当に自分の首元に子供の幽霊がいるのか?という意味で驚いたのだろう。「ちなみに、いつからいたの?」

「私が生徒会室に入ったときには。最初は薄く見えた程度なんですけど、時間が経過するにつれて鮮明に見えるようになりました」

「わーお」怖がってるのかそうでもないのか……閑古鳥かんこどりもポーカーフェイスだな。「そりゃ驚いた……まぁ危害を加える様子はないみたいだし、良しとしよう」


 寛容だな。大抵の人間は幽霊と聞いただけで悲鳴を出しそうなもんだが。伊達に生徒会長なんて役職にいないようだ。かなりの大物らしい。


「それで最後の1人が……」ご主人は自分のすぐ横を見て、「ここにいらっしゃいます。見た目は……そうですね、人間、と形容すればいいでしょうか」

「ほう……人間?」

「はい。私たちと一緒です」


 つまり人の形をしていると。今までの異形の怪物よりは話が通じそうだ。実際、ご主人は会話をしているようだし。


「通訳しますね」言って、ご主人は黙り込む。おそらく幽霊の話を聞いているのだろう。それから、「生徒会室に幽霊が見える人がいるって聞いて集まった、って言ってます」

「つまり、いつも生徒会室にいるわけじゃない?」

「……」ご主人はまた幽霊の話を聞いてから、「そうみたいです」

「なるほど……」閑古鳥かんこどりは頷いてから、「目当ては幽見かすみさんだったのかな……ごめんね、幽見かすみさんとは入れ違いになったみたいだ」



 幽見かすみ礼子れいこ……つまり幽霊は霊感がある人物を求めて生徒会室に集まった。しかし、逆に幽見かすみは幽霊を探しに生徒会室の外に行ってしまった。閑古鳥かんこどりの言う通り、入れ違いになったようだ。


「それで……幽霊さんたちが生徒会になんの御用?」

「……」ご主人は通訳に徹するようだった。「話がし辛いから、誰かの体を借りたいって言ってます」

「体を借りる?」

「はい。そうすれば自由に喋れるみたいです」

「体かぁ……私のなら貸してあげてもいいけど……」


 そうすれば、今度は閑古鳥かんこどりが会話に参加できなくなる。そりゃそうだろう。幽霊が閑古鳥かんこどりの体を動かすのなら、閑古鳥かんこどり閑古鳥かんこどりの体を動かせなくなる。


 ならばどうすればいいのか。一番良いのはご主人の体を貸すことだろうが……


 そんな事を考えていると、


「私の、どうぞ」

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