第14話 じゃあ飛び上がって考えますね

 悪霊が強いのなら少し興味があったが、出会うことはないだろう。ご主人が幽霊を追いかける理由はないのだから、私が出会うこともない。

 

 そう思っていたが、どうやら事は予想外の方向に動き出していた。


 ご主人が幽霊と話していた日から、5日が経過したある日。


本若もとわかさんは紅茶? それともコーヒーかな?」

「海水が飲みたいです」

「海水? 悪いね……海水は用意してないんだ」


 ご主人が生徒会室に入るなり、閑古鳥かんこどり会長がいつものように飲み物の要望を聞いた。しかしご主人の返答は「海水」である。本気で海水が飲みたかったのか、それとも適当に話しているだけなのか……よくわからんな。


 しかしご主人の変な回答にも、閑古鳥かんこどり会長は動じた様子もない。結構な大物みたいだな。


「紅茶でいい?」

「はい」


 紅茶でいいなら海水とか言うな。なんの意味がある会話だったんだよ。


 なんにせよ、ご主人は現在生徒会室に来ていた。というのも、ゆうに呼ばれたというのが理由である。


 いったいご主人みたいなポンコツを生徒会室に呼んで何をしようというのだろうか。まさか退学処分の話か? いや、それなら呼び出すのは教師だよな。


 生徒会室にはいつものメンバーが居る……と思っていたが、数人いないようだ。この部屋にいるのは閑古鳥かんこどり会長と東征とうせいゆう。そして戦闘員の糸谷いとだにゆいだけだった。相変わらず糸谷いとだにはあやとりをしている。そんなに楽しいのだろうか?


 部屋にいない生徒会メンバーが副会長の神代じんだい雷人らいとと会計の幽見かすみ礼子れいこ。2人はいったいどこに行っているのだろう。


「私は閑古鳥かんこどり妖華ようか。この学校の生徒会長をしているよ。よろしくね」

「存じております」いつになく丁寧なご主人だった。「私は本若もとわか若葉わかばと申します」

「うん。急に呼び出して悪いね」閑古鳥かんこどり会長はあやとりに興じる糸谷いとだにを見て、「そっちは糸谷いとだにさん。うちの戦闘員だよ」


 公式で戦闘員らしい。誰かがいたずらで役職を書き換えたわけではなかったようだ。


 そんな軽い自己紹介をしてから、本題に移る。


「さて、本若もとわかさん」閑古鳥かんこどり会長は全員分の飲み物(私のも含めて)を用意してから言う。「最近学校で事件が多発してるのは知ってるかな?」

「知りません」

 

 だろうな。このご主人、外界に興味が無いからな。当然学校で起きている異変なんてまったく知らないだろう。まぁ私も人のことは言えんが。


「じゃあ、そこから説明だね」会長は紅茶をひとくち飲んでから、「ケンカ騒ぎ、放火……2階の窓から飛び降りる、学校のパソコンを破壊する、職員室に入って机を放り投げる……これらのことが、この1週間で立て続けに起こっている」

「銀河系ですか?」

「ぎ……?」さすがの閑古鳥かんこどり会長も面食らったようだった。「銀河系の出来事ではあるけど……」

「じゃあ飛び上がって考えますね」

「座ってていいよ」


 よくわからん会話だった。ご主人の意味不明な言動に頑張ってついてきてくれる閑古鳥かんこどり会長だった。


 ご主人のやつ……会長相手でもいつも通り意味がわからんな。他に人がいればまともに話せると思っていたが……ゆうとしかまともに話せないのか? 


 わからん……ご主人のことなんて真面目に考えるだけ時間のムダだ。このご主人、気まぐれでしか喋らんからな。今日は調子が良いんだろう。いや、悪いのか?


 ご主人のせいでそれた会話がもとに戻される。


「ともあれ……この1週間のうちに学校を騒がすような事件が大量に発生しているんだ。警察とか教師陣は『破壊神復活に教師が関わっていると知ってショックだった』のが理由だって言ってる。たしかにそれもあるかもしれないけれど……詳しく生徒に話を聞いたら、別の理由もあるみたいなんだ」


 ほう……別の理由……それがご主人が呼ばれた理由でもあるのだろう。生徒たちの心のケアだけならば、ご主人がここに来る理由なんてない。ご主人が他人の心をケアできるとは思えないからな。他に適任がいるだろう。


「騒動に巻き込まれた生徒たちは……って言ってるんだ」

「ニャー? (悪霊?)」


 ご主人が何も言わなくなったので、代わりに私が相槌を打っておく。まぁ意味はないだろうが。


「幽霊に体を乗っ取られて、そんな事件を起こしてしまった。まるで悪霊にとりつかれたみたいに体の自由が利かなくなった。そんなことを生徒たちは言ってるんだ」


 幽霊に……それを閑古鳥かんこどり会長は信じているのだろうか。そんな戯言を信じていたのでは……


「もちろん、嘘の可能性だって疑う。幽霊が勝手にやりました、で罪がなくなるのなら、誰だってそう言うからね」そりゃそうだ。トップたるものしっかりと判断をしなければならない。「だけど……嘘をついているようには見えなくてね……うちの霊感がある人も『幽霊はいる』って言ってるし」


 生徒会の霊感がある人……幽見かすみのことだろうか。ポニーテールの大和撫子、幽見かすみ礼子れいこ。そういえば、やつはいつだったか幽霊の話をしていたな。


「とりあえず……その幽霊さんに直接会ってみたくなったんだ。生徒たちに話を聞くのも、意味をなさなくなってきたし」


 生徒に話を聞いても、その話の真偽を証明する方法がない。生徒が幽霊のせいだと言っても、それを信じるのは難しいだろう。だから手法を変えて、直接幽霊に話を聞きに行く。


「だけど……」閑古鳥かんこどり会長は肩をすくめて、「私には霊感ってものがなくてねぇ……生徒会メンバーで幽霊が見えるってのは幽見かすみさんだけだったの。そこで幽霊が見えそうな人の心当たりを生徒会メンバーに聞いたんだけど……」

「そこで私が本若もとわかさんの名前を出したの」ゆうが言った。「本若もとわかさん、たまに幽霊さんとお喋りしてるよね」

「……そうでしたっけ?」

「うん。たぶん。たまに誰もいないところに話しかけてるし」それが幽霊とは限らないだろうに。「その後ポルターガイストも起きてるし。ガラス割れたり、チョークが飛んできたり、包丁が飛んできたり」


 それは幽霊だな。逆に幽霊じゃなかったら怖い。というかゆうももっと怖がれよ。


「……そういったことは、早めに報告してね……」


 閑古鳥かんこどり会長も苦労してそうだった。


 ご主人も変人だが……ゆうゆうで大概だな。どうやらポルターガイストを目の当たりにしても、特に驚いていなかったようだ。今の反応を見る限り『それくらい、よくあることでは?』みたいな顔をしている。


 どんどんゆうのイメージが崩れていく。真面目で優しい完璧超人みたいに思っていたのに……今じゃダジャレ好きのポンコツ少女である。ご主人といい勝負だ。


 この2人が友達な理由……なんとなくわかってきた気がする。この2人、似た者同士なんだな。よくよく見てみれば、似た空気を醸し出している。ポンコツの空気を。

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