第10話 封印

 力こそ正義。強ければ誰も逆らえない。文句があるのなら相手を殺せ。それが私の時代の鉄則。私もそれで成り上がって、魔王という地位を手に入れた。


 今はそうではない。私とは違う方法で上り詰めた生徒会というメンバー。そのメンバーの実力は、のちのち見せてもらうとしよう。


「キャットフードは用意してないなぁ……」閑古鳥かんこどり会長が棚をいくつか覗き込んでから、私に言う。「水でいいかい?」

「にゃー(ああ。かまわん)」

「おっと……返事してくれたの? なんともお利口さんだね」


 まさか本当に返事をされているとは思ってないのだろう。良いタイミングで鳴いたことだけが評価されている。これだけで評価されるとは、猫というのはなんとも気楽な生き物だな。


 そんなこんなで生徒会長に水を用意してもらって、私はペロペロとそれを舐める。猫になってからというもの水がうまい。魔王時代でももっと飲んでおけばよかった。あの頃は酒ばかり飲んでいた。


 私の話はどうでもいい。どうやら生徒会室で生徒会メンバーによる話し合いが行われるようだった。ご主人の補習が終わるまでまだ時間はあるし、暇つぶしに聞いていこう。


 会長が語り始める。


「さて……本日集まってもらったのには理由があるんだ」そりゃあるだろ。だから呼んだんだろ。「みんなは……シックザールと呼ばれる破壊神を知ってるかな」

「シックザール……」東征とうせいがつぶやく。「ベルルムのあとに世界を支配しようとした魔物ですね」

「そうそう。これは2年の範囲で習うんだけど……予習はバッチリみたいだね。ゆうさん」

「いえ……」東征とうせい……いや、ここは周りの呼び方に合わせよう。ゆうは多少照れてから、「その……シックザールがどうしたんですか?」

「うん。復活しそうなんだって」

「……復活……? シックザールが生き返るということですか?」

「そう考えても差し支えはないけれど……多少違うかな」

「……?」


 首を傾げるゆうに大和撫子風の女子が言う。おそらく幽見かすみ礼子れいこだろう。髪はポニーテールにまとめられていて、旅館の若女将みたいだった。別に老けて見えるわけじゃないが、大人びた雰囲気に見えた。


「シックザールは討伐されたのではなく、封印されたのでしたね」

「そうそう。つまり、生き返るというよりは封印が解かれると言ったほうが正しいかな」

「ああ……」なんとなくゆうも聞き覚えがあるようだった。「そういえば……英雄エトワールとその御一行に封印されたんでしたね」


 英雄エトワール……前にもそんな名前が出てきたな。たしか死神と呼ばれたメル・キュールがエトワールとやらの師匠だったとか。


 私が死んでいる間に、おもしろいやつが何人かいたようだな。また歴史も学び直すとしよう。


「そう。英雄エトワールの力でもシックザールを完璧に滅ぼすことはできなかった。だから封印するという手段に出たのだけれど……今、その封印が弱まってるらしいんだ。というより、弱めようとしている人がいるらしい」

「……シックザールを復活させようとしている人達がいる、ということですか?」

「どうやらそうみたいだね」


 副会長、と閑古鳥かんこどり会長は神代じんだい副会長に話を振った。


「それで……その復活を阻止することが今回の目的……ということですね」

「その通り」


 ふむ……今は関係ないことかもしれないが、この生徒会というのはなかなか良好な人間関係の上に成り立っているらしい。もう少しギスギスしているのかと思ったが、そんなこともないようだ。


 各々がしっかりと発言できているし、閑古鳥かんこどり会長の場の回し方も悪くない。糸谷いとだにゆいという女子だけは会話に参加せずにあやとりばかりしているが、そのことで空気が悪くなっていることもない。糸谷いとだには戦闘員なので、話し合いは専門外なのかもしれない。


「1つ質問があります」ゆうが言う。「先生方にはご相談したのでしょうか?」

「ああ……それがね……」閑古鳥かんこどり会長は少しだけため息をついて、「さっき、シックザールを復活させようとしている人達がいるって言ったけれど……それがどうやらうちの教師が関わってるみたいでね」

「……先生たちが、シックザールを復活させようとしている?」

「そうそう。もちろん全員じゃないよ。一部の人間……ほんの数人が悪事に加担しているだけ。まぁ、それだけで大問題だけどね」そりゃそうだ。子供にものを教える立場の人間が破壊神を復活させようとしているなんて、論外にも程がある。「それで……どの教師が関わってるのかがまだわからないんだ……だから相談したくてもできないわけ」


 世も末だな。教師が……聖職者が悪事に手を染めるとは。そんなんでどうして純粋な子どもたちを教育することができよう。


 教育が廃れた国は必ず崩壊する。教育と芸術は軽視してはいけないのだ。たしかに教育も芸術も今すぐ役に立つものではないかもしれない。だが、心の余裕や未来の為に重要なことなのだ。


「それで……シックザールがどこに封印されてるか、知ってる?」


 閑古鳥かんこどり会長の言葉に、ゆう幽見かすみが目を見合わせる。どうやらこの2人はシックザールの封印場所に覚えがないようだった。戦闘員の糸谷いとだにはと言うと……相変わらず会話に参加する気配はない。


 部屋の状況を見て、副会長の神代じんだいが言った。


「この学校の真下、ですよね」

「そうそう。これはあんまり公にはされてないんだけどね……破壊神シックザールが封印されているのは、この学校の真下なんだ」


 なるほど……だからこの学校の教師がシックザールの復活に加担しているわけだ。学校の教師となれば動きやすいだろう。もしかしたら、シックザール復活のために教師になったのかもしれないな。


「そして……」閑古鳥かんこどり会長は真面目な顔になって、「破壊神なんて復活しちゃったら危ないからね。できれば阻止したいんだ。このメンバーなら信用できるから、手伝ってほしい」


 その言葉で、生徒会室に緊張が走る。


 相手はシックザール。歴史にも名を残すほどの実力を持った破壊神。そんな奴が復活する可能性があるとなれば……当然命を落とす可能性だって出てくる。そりゃ緊張感も出てくるだろう。


 それにしても……破壊神か……少し気になるな。この私のあとに世界征服を企んだ悪党……その姿を拝んでみたい。


 しかし破壊神なんて復活したらご主人の補習の邪魔だからなぁ……できる限り復活しないでほしいものだ。

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