第9話 戦闘員

 私が床の上で適当に昼寝をしていると、


「ケントニス・ノレッジ・コネサンス・シュテルケ・ポテンツァ・サジェス・ウィズダム・ヴィスハイト・ヴィゴーレ・マハト・フォルスさん。ケントニス・ノレッジ・コネサンス・シュテルケ・ポテンツァ・サジェス・ウィズダム・ヴィスハイト・ヴィゴーレ・マハト・フォルスさん」


 呪文が聞こえてきた。魔王でも復活させる儀式かと思ったが、なんのことはない。私の名前だ。誰がこんな長い名前を連呼しているのかと思っていると、


「起きて。そろそろ移動するよ」目を開けると、東征とうせいが目の前にいた。「ケントニス・ノレッジ・コネサンス・シュテルケ・ポテンツァ・サジェス・ウィズダム・ヴィスハイト・ヴィゴーレ・マハト・フォルスさん。ごめんね待たせちゃって」

「ニャ(いや……気にするな……)」

「よし。それじゃあ行こうか」


 東征とうせいは私を抱いて、職員室をあとにした。職員室を出る前に東征とうせいは英語の教師に深々と頭を下げていた。そして教師も嬉しそうに手を振っていたので、歴史談義はかなり有意義なものだったようだ。


「これから生徒会室にいかないといけないんだ」東征とうせいは廊下を歩きながら、私に話しかける。「ケントニス・ノレッジ・コネサンス・シュテルケ・ポテンツァ・サジェス・ウィズダム・ヴィスハイト・ヴィゴーレ・マハト・フォルスさんのご主人様はまだ補習中かな……寂しいよね。もう少しだから我慢してね」

「にゃー(別に寂しくはないけどな)」

「ふふ……ケントニス・ノレッジ・コネサンス・シュテルケ・ポテンツァ・サジェス・ウィズダム・ヴィスハイト・ヴィゴーレ・マハト・フォルスさんはお利口さんだね。私も猫を飼いたいんだけど……お父さんが許してくれなくて。ケントニス・ノレッジ・コネサンス・シュテルケ・ポテンツァ・サジェス・ウィズダム・ヴィスハイト・ヴィゴーレ・マハト・フォルスさんみたいな猫がいてくれたら、きっと毎日楽しいのに」

「ニャオ(私も東征とうせいみたいなご主人が良かったな)」

「……返事をしてくれてるのかな? もしかして、ケントニス・ノレッジ・コネサンス・シュテルケ・ポテンツァ・サジェス・ウィズダム・ヴィスハイト・ヴィゴーレ・マハト・フォルスさんは人間の言葉がわかったりして……って、そんなわけないよね」

「ニャー(人間の言葉くらい認識できているぞ)」

「ケントニス・ノレッジ・コネサンス・シュテルケ・ポテンツァ・サジェス・ウィズダム・ヴィスハイト・ヴィゴーレ・マハト・フォルスさんはご主人様のこと好き?」

 

 なんで毎回フルネームで呼ぶの? なんで呼べるの? なんで噛まないの? なんで覚えてられるんだ? 出会った頃のご主人かよ。意味がわからん。なんだこいつ。ご主人のこと好きかって? 嫌いではないよ。


 わからん……この東征とうせいゆうという生徒は……なんなんだ? 真面目なのかふざけているのか……面白いのか面白くないのか……わからん。ご主人並みにわからん。この世界のやつは皆、こんなやつらばっかりなのか? それとも私が出会う奴らがことごとく変人なのか?


 私が混乱しているうちに、東征とうせいは階段を降りていく。そして校舎の奥のほうまで歩いていって、行き当たった場所にたどり着いた。


 生徒会室、と書かれた扉を開けて、東征とうせいは中に入った。


 生徒会室の中には4人の男女がいた。3人が女子で、1人が男子。


 ……こいつら……なかなかできるな。戦闘力はかなり高そうだ。


「すいません。少し遅れました」


 東征とうせいが頭を下げると、1人の女子が反応する。


「いやいや。まだ集合時間の5分前だよ」なんとも寛容そうな雰囲気を醸し出している女子が、「でも、ゆうさんが最後なのは珍しいね。何かトラブル?」

「いえ……ちょっと先生と話し込んでしまって……」

「ならば良し」その女子は立ち上がって、「ゆうさんは今日は紅茶、それともコーヒー?」

「……閑古鳥かんこどり会長……」東征とうせいは困ったように。「何度も言いますけど……雑用は私が……」

「いいからいいから。お座りなさいな」


 そう言ってティーポットの前に移動したのが、閑古鳥かんこどり会長と呼ばれた女子。


 背はかなり高め。栗色の長い髪。モデルみたいなスタイル。ちょっとばかり会長と呼ばれるには威厳が足りないかもしれないが、逆に場の空気を緩ませることは得意らしい。優しそうな笑顔が目につく女子。


 会長……つまり生徒会長か。


 生徒会長といえば、生徒のトップだ。たしかにこの閑古鳥かんこどりとかいう少女は優しそうではあるが……トップにしては穏やかすぎる気がする。


 ……いや……今は私の生きた時代とは違うのだ。トップに威厳や恐怖が求められた時代とは違うのだろう。寛容で誰かを許すことができる人材こそがトップにふさわしいのかもしれない。


 テーブルを見ると、それぞれの男女の前に飲み物が置いてあった。おそらくそのすべてを会長が用意したのだろう。なんとも世話焼きの会長であるようだった。


ゆうさん」唯一の男子が言う。「その猫は……たしか本若もとわかさんの猫だよね」

「はい。本若もとわかさんが少し用事があるみたいで……その間、私が預かってます。連れてくるのは……マズかったでしょうか?」

「いや、いいよ」こちらもなんとも威厳のない男だった。「猫がいると癒しになるからね」

「おや副会長」閑古鳥かんこどり会長がお茶を入れながら、「私たちじゃ癒やしにならない?」

「……そういう反応に困る話題はやめてください……」

「悪かったよ」


 そう言って、閑古鳥かんこどり会長はケラケラ笑う。そして副会長は肩をすくめて苦笑いをしていた。なんとも苦労人みたいな雰囲気だった。女子に囲まれてハーレム、なんてことはなく、唯一の男子で苦労していそうだった。


 結構ガタイの良い男なんだがな……戦闘力は生徒会の中でもかなり高そうだ。背の高さは平均的だが、それ以上に大きく見える。この男が副会長か……


 そこでふと生徒会室の壁を見てみると、なにやら名前と役職が書かれたボードがあった。どうやら生徒会メンバーそれぞれの役職がわかるらしい。


『生徒会長 閑古鳥かんこどり妖華ようか 3年』


 なんとも商売に向いてなさそうな名前だった。しかし良い名前だ。妖しい華……私好みの名前だ。


『副会長  神代じんだい雷人らいと 3年』


 カミシロ……じゃなくてジンダイか。最近私はこの世界の漢字というものを学び始めたが、まだこの辺の名字の読み方が安定しない。フリガナがあってくれて助かった。


『書記   東征とうせいゆう 1年』


 これがご主人の友達、東征とうせいゆうである。遊ぶという漢字でゆうか……どちらかというと優れるという字のほうが合っている気がする。まぁどっちでもいいが。


『会計   幽見かすみ礼子れいこ 2年』


 端の方に座っている古風な女子生徒のことだろう。なんとなく名前のイメージと合っている。


『戦闘員  糸谷いとだにゆい 2年』


 なんで生徒会に戦闘員がいるんだよ。どの場面で役に立つんだよ。生徒会の役職である必要がないっだろう。


 とにかく……背の高い女性で生徒会長なのが閑古鳥かんこどり

 ガタイが良くて穏やかそうなのが副会長の神代じんだい

 そしてゆうが書記。


 それから……おそらく髪の長い古風……というか和風な感じの大和撫子が幽見かすみか。

 最後に……なんとも役職が浮いている戦闘員の糸谷いとだに。小柄で無表情な女子で、さきほどからずっとイスに座ってあやとりに興じている。名前の通り、糸が好きなのだろうか。


 ともかく……これが生徒会メンバーか……なんとも頼りなさそうだ。いや……違うな。時代が流れただけだろう。私の時代とは違うのだ。これが平和な世の中なのだ。


 時の流れというのは……なんとも言葉では言い表せない感覚を抱かせる。

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