第8話 余計なお世話

 そんなこんなで、私は東征とうせいに預けられた。ご主人は補習のために教室を移動する。ご主人と離れるのは少し心配だが、学校内で危険はないだろう。


 そして東征とうせいは職員室に向かう。そういえば魔女について歴史の教師と話し合う約束をしていたんだったな。ご主人の補習のせいで聞けなくなると思っていたが、どうやら立ち会うことができるようだ。


 職員室に向かう間。


「はふー……」ご満悦そうな声を出して、東征とうせいは私の頭を撫でる。「もふもふしてる……かわいい……」


 そのまま、東征とうせいは顔をスリスリとさせ、私の毛並みを堪能した。東征とうせいは真面目でクールそうな第一印象だったが、2週間でこいつのイメージはかなり変わった。


 ダジャレ好き。もふもふ狂いの変なやつ。ご主人に負けず劣らずの奇人だった。いや……ご主人と比べるのはおかしいな。あの人は別格だった。


 しかしなんとも……撫でられるというのは気持ちが良いものだった。猫になったからそう感じているのか、あるいは魔王時代でも撫でられたら気持ちよかったのか……今となっては知る由もない。魔王時代に私を撫でようとするやつなんていなかったからな。


 東征とうせいはひとしきり私を優しく撫で回して、それから職員室に入った。


「あ、東征とうせいさん。こっちこっち」さきほどの歴史教師が少し興奮したように東征とうせいを招き寄せる。「いやぁ……最近は歴史に興味がある若者が減ってね。こうやって話を聞いてくれる人がいないんだよ」


 どうやらこの歴史教師は、歴史について語るのが好きらしい。まぁ歴史の教師になんてなってしまうほどだから、歴史は好きなのだろうけど。こうやって授業の枠を超えて歴史に興味を持ってくれる生徒がいるのは嬉しいのだろう。


 東征とうせいはちょっとした応接室みたいなソファに案内される。そして、教師が、


「紅茶でいいかな?」


 授業中以外は敬語ではないらしい。


「え……いえ、その……そんなお心遣いは……」

「いいからいいから。こうやって歴史に興味を持ってくれる若者がいるのが嬉しいんだよ。ちょっとくらい余計なお世話をさせて」

「……では、紅茶をお願いします」

「ありがとう」


 茶を入れる側が礼を言うのは珍しい光景だ。だが、なんだか悪くない。こんな感じで生徒にも敬意を持って接してくれる教師ばっかりだったらいいのにな。


 さて、茶が用意されて、東征とうせいたちは席に着く。なんとこの教師は私のために水まで用意してくれた。なんともありがたいことである。ありがたくいただくとしよう。


「さてと……」教師が一口お茶を飲んで、テーブルに資料を広げる。「たしか、魔女の話だったね」

「はい。魔王ベルルムが滅んだ理由として、先生は魔女の存在を教えてくれました。ですが、魔女は存在すらも疑われている……それはどうしてでしょうか?」


 それは私も気になっていたことだ。私を倒すほどの実力者が歴史に埋もれているとは解せん。納得ができん。もっと有名になってもらわないと困る。


「一言でいうと……存在を信じたくない人が多いんだよ。彼女を同じ人間だと思いたくない人が多いんだ」

「信じたくない……?」

「うん。歴史なんて結局は書物や言い伝えからの推測にすぎない。誰かが直接見たわけじゃないからね。今現在に信じられている歴史も、もしかしたら着色されたものかもしれない。最終的には、今を生きている人間が信じたいと思ったものだけが残っている」


 そうかもしれない。もしも書物や証拠が残っていても、未来の人間が信じなければ意味がない。その歴史はなかったことと同じなのだ。もしそうなれば、さらに未来で掘り起こされることも少ない。


 しかし……魔女の存在を信じたくない? なぜだ? 私を……魔王を倒したのだから、英雄として語り継がれていてもおかしくない。


「なぜ魔女は……信じたくない歴史なのでしょうか?」

「うん。たとえばね……魔女の血で池が真っ赤に染まった」

「……へ?」

「次に……隕石を破壊した」

「……?」

「50メートルはあろうかという巨人を一瞬でペチャンコにした」

「……それは、なんですか?」

「魔女の伝説」伝説じゃない。事実だ。私はその時代を生きたからよく知っている。「信じられる? 今、言ったことはすべて、1人の女性が成し遂げたとされる」

「……人間が、そんなことを?」

「そうだね。だから、魔女の存在は架空のものだとされている。なぜなら


 魔女が同じ人間だと信じたくなかったわけだ。だから、魔女を架空の存在とした。そうすれば、魔女と自分たちを比べずに済むから。そうすれば絶対に叶わない存在と競争せずに済むから。


 強すぎるというのも考えものだな。今は亡き魔女に向けて、私はそんなことを思った。私は魔族だから強さを信じられていたが、あの魔女は人間であるがゆえに存在すらも信じられていない。


「要するに……魔女の話はおとぎ話みたいなものだと言われている。それが今の通説だね。他にも存在が怪しまれたことがある存在に、メル・キュールって人がいるんだ。でも、その人は本当に存在したというのが今の通説」

「……英雄エトワールの師匠、ですよね。メル・キュールはかつて死神と呼ばれた女性だと聞いています」

「そう。その人も死神と呼ばれるほど人を殺しているんだけど……まだ現実的なラインの伝説だった。だから残されている書物は少なくても存在を信じられている。それに、英雄エトワールを育成したということもかなり評価されているね。でも……」

「評価が分かれる人物ですよね。メル・キュールという人物を指導者として評価するか、死神として捉えるか……立場によって評価が変わる人物です」

「そうだね。歴史なんてそんなものだよ。信じたいものを信じて、評価したいものを評価する。結局はいまを生きている人の評価でしかないのだから」


 そうかもしれない。捻じ曲がった歴史だって、今の人間が信じれば正しい歴史なのだ。ただそれだけ。

 

「それで今、私が調べてるのがルスルスという女性なんだけど……この人がおもしろい人で――」


 なんだかさらに歴史の話をするつもりのようだった。ルスルスという名前は聞いたことがないし興味もない。東征とうせいはさらに食いついているようだが……まぁ私には関係ない。


 魔女の話も聞けたし……一眠りするとするか。しばらく待っていればご主人の補習も終わるだろう。

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