第6話 気にいってくれましたか?
少女たちが逃げていってから、私はふてくされたように壁際で寝転んでいた。いや、実際にふてくされていたのだろう。せっかく猫になって新たな生を受けたというのに、また畏怖の存在に逆戻りだ。
結局私は、何を求めているのだろう。愛されることを望んでいるのだろうか。世界の半分を統治しても、巨大な組織のトップに立っても、強敵と戦っても、満たされることはなかった。
どうすれば満たされる? この生をどう謳歌したら、今度こそ満たされる? 世界の半分でダメだったのなら、すべてを統治すればいいのか?
わからない。イライラしてきた。自分の能力の低さに腹が立ってきた。
途中で、鉄の塊の中から男が一人出てきた。そしてやはり私に恐怖の目線を向けて、走って逃げていった。
別に悲しくはない。怯えられ、逃げられるのが私の運命なのだ。受け入れるしかないのだ。
そんなときだった。
「……にゃ? (なんだ?)」
なにか遠くから聞こえてきた。足音と……それと、歌声、だろうか。
美しい声だった。透き通っていて、儚くて、天使の歌声のようだった。
どうやらこの雨の中、外で歌っているやつがいるらしい。変な人間もいるものだと呆れていると、
「……ニャ……(近づいてくるのか……)」
いよいよ呆れる。今の私の周りはとてつもない惨状なのだ。鉄の塊はひしゃげて煙を吐いていて、地面には大きな亀裂が入っている。明らかにまともな状態ではない。
そんなところに、近づいてくるか? よほどのアホがこちらに来ているようだ。
また威嚇して追い払ってやるか。まったくこの世界の人間は危機管理がなっていない。危険な場所からは逃げなければならないというのに……
呆れつつ、近づいてくる足音を聞く。歌声がだんだんと近くなってくる。
……足音のテンポが、おかしい。まっすぐに歩いていない? 飛び跳ねているような、フラフラしているような……雨に濡れた地面を踏んでパシャパシャと音がなっている。その音が、なんだかリズミカルだった。
「ニャン(なんだ?)」
思わず顔を上げて、私は口を広げた。呆れの感情なのか衝撃を受けたのか、とにかく私はそいつから目が離せなくなった。
そこにいたのは、さきほどの少女たちと同じ制服を着た少女だった。髪は短くて、スタイルもいい。びしょ濡れになっているが、それすらも魅力的。
問題なのは容姿ではない。美女なんぞ魔王時代にすり寄ってきた。今さら見た目で驚いたりしない。
私は呆然とそいつを見つめ続けた。
「……」
そいつは、踊っていた。雨の中、傘もささずに、楽しそうに踊っていた。道路の真ん中が彼女のステージであるかのように、スポットライトにでも当たっているかのようだった。
大して美しい踊りではない。あっちこっちへフラフラしているし、たまに転倒しそうになっている。美しいと思っていた歌声も、よくよく聞けば音が外れているところもある。
この雨の中、こいつは何をしているんだ? なぜ雨も避けずに、踊っている? なぜ歌っている? 何が楽しくて笑っている? なにをそんなに満たされている?
おかしな奴がいる。そいつへの第一印象はそれだけだった。
そいつは躊躇なく、ヒビの入った道路を進んでいた。私の目の前を通過しかけて、
「……?」そこで、ようやく私の存在に気づいたようだった。「……」
無言で、そいつは私の前までやってきた。そしてしゃがみ込んで、私と目線を合わせる。微動だにせずに、じっと私のことを見つめていた。
……ずっと見つめられると、気まずい。いったいこいつは何をするつもりなんだ。まさか私を拾うつもりか?
そのまま、しばらく時間が経過した。いや、しばらくなんて次元ではない。軽く1時間は経過していた。
その間、こいつはずっと私を見ていた。たまにまばたきをするくらいしか動かなかった。ずーっと雨に打たれながら、私の前に座っていた。
……なにこいつ。なんでこの雨の中、私の前に居続けるんだ? さっさと帰れよ。風邪引くぞ。拾うならさっさと拾えよ。どっちかにしろよ。なんでこの場に留まり続けてるんだよ。
どうする……逃げるか? 私とて1時間も見つめられ続けると、さすがに恐怖の感情が湧き出てくる。
さっさと逃げてしまおう、と思った瞬間だった。
「32は取り残されたと思いませんか?」
「……ニャ? (……は?)」
なんだって? 32が取り残された? どこに? 何に取り残されたの? なんでそんな話してんの? なんで猫に敬語なの? なんなのこいつ。
「その観点から考えると、23は違うんです」何が? 何が違うの? 素数? 「そう考えるとグローバル化社会というのは、89なんです」
何が? 何を言ってんのこいつ? 違う言語喋ってる? 私の知らない言語か何かか?
「……ふむぅ……」そいつは変な声を出してから、「心の中っていうのは誰にも見られないんです。だけれど……」
だけれど? だけれど、何? そこで終わるな。続きが気になって仕方がない。
「そうですねぇ……そう思います」
誰と話してんの? 私に話しかけてんだよな? それとも後ろに悪霊でもついてる? 幽霊がいるの?
「よし」そいつは妙案を思いついたかのように手を打って、「ケントニス・ノレッジ・コネサンス・シュテルケ・ポテンツァ・サジェス・ウィズダム・ヴィスハイト・ヴィゴーレ・マハト・フォルスにしましょう」
何を? 今日の夕飯か?
「あなたの名前です。気にいってくれましたか?」
「ニャ(気にいるわけ無いだろ)」
長い。長過ぎる。ケントニス・ノレッジ・コネサンス・シュテルケ・ポテンツァ・サジェス・ウィズダム・ヴィスハイト・ヴィゴーレ・マハト・フォルス? フォルスだけじゃダメか?
「よろしくお願いします。ケントニス・ノレッジ・コネサンス・シュテルケ・ポテンツァ・サジェス・ウィズダム・ヴィスハイト・ヴィゴーレ・マハト・フォルス」そう言って、そいつは私を抱き上げた。そして、愛おしそうに私の頭をなでて、「これから家族になるんですよ。ケントニス・ノレッジ・コネサンス・シュテルケ・ポテンツァ・サジェス・ウィズダム・ヴィスハイト・ヴィゴーレ・マハト・フォルス」
いちいちフルネームで呼ぶの? なんで呼べるの? ちょっとくらい噛めよ。なんでスラスラ言えるんだよ。怖いよこいつ。
まぁ……なにはともあれ……どうやらこいつが私のことを拾ってくれるようだ。つまりこの意味のわからんやつが、私のご主人様か。
……飼い主はどんなやつでもいいと思っていたが……こいつだけはダメかもしれない。まず言動が意味わからん。ちゃんと世話してくれるのか?
まぁいい……気に入らなければ逃げればいいだけの話。こいつに過度な期待は寄せないでおこう。
「それでは」そいつは私を地面に置き直して、立ち上がった。そして、「では、さようなら」
そのまま、私を放って歩き出した。私は少しずつ遠くなっていく背中を眺めて、我に返って一言。
「ニャー! (いや拾えよ!)」
完全に拾う流れだっただろう! 名前までつけて……そのまま立ち去るのか? なんだあいつは。なんなんだ本当に。
ただの狂人か? それとも……ただのアホなのか? それとも……私の想像も及ばない何かなのか?
そんなのが、意味がわからない少女、
今にして思えば……なんで私はこのご主人に飼われることを決めたのだろう。他のやつでも良かった……いや、他のやつのほうが良かったはずなんだが……
まぁ……放っておけなかったのだろう。私がいなければ、きっとご主人は何かに巻き込まれて命を落としてしまう。
こんなのでも一応、私の飼い主様なのだ。宿代替わりに守ってやろう。
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