第4話 にゃーお

 私がご主人と出会ったのはだいたい2週間前。土砂降りの雨が体を冷やす夜だった。


 今にして思えば、なんでこんなご主人に拾われることを決めたのかがわからない。もっと良い人がいた気がするんだが……

 


 ☆



 目を開けると、雨に打たれていた。ザアザアと雨の音がうるさくて、やたらと体が冷えていた。


 多忙すぎて外で眠ってしまったかと体を起こす。そこで、私は自分の体の違和感に気づいた。


 目線が低い。体が動かしづらい。なんだかとても違和感のある状態だった。


「ニャン?」


 猫の声が聞こえた。どこに猫がいるのかとあたりを見回すが、どこにも猫はいない。

 私は小さな箱の中にいた。茶色くて四角形の箱。後にそれがダンボールと呼ばれるものであることを知ったが、当時の私には知る由もない。


 いったいここはどこだ。雨が冷たい。体が冷えている。私に限って風邪をひくことなんてないだろうが、このままでは気が滅入る。


「ニャー」


 また猫の声だった。まったくふてぶてしい声を出しおって。よほど憎たらしい顔をした猫に違いない。


 そう思って、なんとなく自分の手を確認したところ、


「にゃ……? (なんだ?)」


 肉球が見えた。黒い毛並みと、肉球と爪が見えた。まるで猫みたいな右手だった。


「ニャン? ニャ? (なんだ……? これは……?)」


 そこでようやく、この猫の声が自分の喉から発せられていることに気がついた。意味のある言葉を出そうとすると、ニャンニャンと鳴いてしまう状態だった。


「……にゃー……(子猫……黒猫?)」


 そう。私は猫になっていた。小さくてちっぽけで弱そうな、子猫だった。真っ黒の毛並みが夜の街と同化して消えてしまいそうだった。


 最初は混乱した。だが、しばらくして私は自分の状態を受け入れた。


「……ニャ……にゃーお(……死んだのか……そして、猫に生まれ変わった)」


 この私が死んだとは信じられん。だが、生物である以上、命の限界がある。いくら最強の力を手に入れても、寿命には勝てない。それに、私以上の力が現れれば、私が滅ぼされることだってあるだろう。


 少しずつ思い出してきた。


「……ニャ(魔女にやられたんだったな……)」


 私の最後の戦い。魔女と呼ばれた女との戦い。それに敗れて、殺されたのだった。

 悔いはない。全力で戦い、相手のほうが上だった。それだけの話だ。強いほうが勝つ、それが自然の摂理だ。私だって今までそうやって生き残ってきた。私自身が淘汰される側になったというだけだ。


「ニャ……(さて……ここはどこだ?)」


 ともあれ、私は新たな生を受けたらしい。猫としての人生。それを謳歌するのも悪くない。というより、それしかできないだろう。


 誰かに拾われて、平穏な人生を楽しむのも悪くない。もう世界征服なんて進める必要はない。今回の人生は平和に生きよう。


 そう思って周りを見回す。おそらく私は捨て猫なので、ここにいれば誰かが拾ってくれるかもしれない。


 あるいは……野良猫として生きていくのも一興か。拾ってくれそうな人間が現れなければ、野良猫になろう。


 周りには見たこともないような物体がたくさんあった。硬そうな壁やキレイすぎる建物。地面も舗装されていて、なにやら文字が書かれていたりした。


 どうやらここは私の知る世界ではないらしい。別の世界に転生してきたのか。まぁいい、ここがどこだろうが関係ない。問題なのは私を飼う人間がどんな人間なのか、ということである。


 前世は魔王として生きた。誰からも愛されず、誰からも恐れられていた。

 今回の人生は、無害な小動物になるのも悪くない。

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