第3話 魔女

 魔王をやっているときは二度寝なんてしているヒマはなかった。いつでも魔王としての立ち振舞を求められ、最強の姿を求められた。誰かに飼われ、こうやってのんびりと二度寝をするなんて考えられなかったことだ。


 猫になってから、二度寝というものが非常に甘美なものであることを知った。これはご主人が学校をほったらかしにして興じてしまうのも納得だ。通常の睡眠では得られない何かが体を満たしてくれる。


 とはいえ、二度寝ばかりもしていられない。この世界のルールとやらにも、しっかりと適応しなければ。


「ニャー(そろそろ起きろ。もう午後だ)」


 かなり豪快な二度寝だった。もはや時刻は12時を過ぎている。今から学校に行っても遅刻だが、今更ご主人はそんなこと気にしないだろう。出席日数とやらがご主人はギリギリみたいだから、一日でも多く登校した方がいい。


 しばらくして、寝ぼけ眼のご主人が起きた。そして朝食(昼食)を食べて学校に向かう。こんなご主人でも、一応私の餌は忘れずに用意してくれるのだった。

 魔王の私が用意された飯にありつくなど論外だが、今の私はただの猫だ。プライドなんて持っていない。餌が用意されるのならありがたくいただく。


 そんなわけで、学校に到着した。


 ☆


 この世界の学校というのはキレイなものだった。コーコーセーは皆キレイな制服に身を包み、平和を謳歌しているようだった。私が魔王として生きた時代は、学校なんて無法地帯だったからな。平和になって、本来あるべき学校の姿を取り戻したのだろう。


 ご主人の通っている学校はなんとも自由な学校らしい。どれくらい自由かというと、こうやってご主人が猫である私を抱いたまま入校できるくらいには自由である。


 結局ご主人が学校に到着したのは昼休みから。しかしこの人の遅刻なんて珍しいことじゃないので、誰も騒ぎはしなかった。というかご主人は友達という友達は1人しかいないので、声をかける人なんかほぼいない。孤立している、というのが正しい表現なのだろう。


 まぁご主人が孤立を気にしてないので、別にいいけれど。


「それでは本日は……えーっと……教科書47ページから始めます」


 午後の授業は歴史の授業のようだった。ご主人は堂々と理科の教科書を読んでいるが、まぁ大人しく座っているだけ素晴らしいだろう。


 ともあれ、歴史の授業が始まる。なんだかやる気なさそうな年配の教師が授業を進めるようだった。私はヒマなので、ご主人の机に座って授業を聞いていた。この世界の歴史についても、しっかりと学ばなければならない。


「前回も言いましたように……1万年前にベルルムという名前の魔物がいました。そのベルルムは世界の半分を手中に収め、魔王と呼ばれていました」


 私の話だった。歴史の話だと思っていたら、私自身の話だった。ベルルムは私の魔王時代の名前だった。いきなりその名前が出てきて吹き出しそうになってしまった。


 この世界……どうやら私が生きた時代より未来の世界だったらしい。完全に別の世界だと思いこんでいた。私が知る世界と地続きだったらしい。


 教室内の猫が一匹驚いていようが関係なく、当然授業は続いている。


「ベルルムが世界の半分を制圧したのは有名な話ですが……そのベルルムの最後についてはあまり知られていません。というのも、いろいろな説が入り乱れていて、正確な情報が存在しないからですね」教師は黒板に文字を書きながら続ける。「歴史上の存在の中でも、最強との名が高いベルルム。そのベルルムが、どうして滅んだのか。寿命? それとも自ら命を絶った? あるいは部下の反乱? どの説も支持者がいて、今でも歴史研究者が議論を続けています」


 さて、ここまででなにか質問はありますか?という教師の声に反応して、一人の女子生徒が手を上げた。


 教師はその女子生徒を一瞥して、


「どうぞ、東征とうせいさん」

「はい」呼ばれて立ち上がるのが、東征とうせいと呼ばれた女子生徒。「ベルルムが滅んだ理由は諸説あり、ということですが……先生はどの説を支持していますか?」

「ふむ……そうですね」教師は一瞬手を止めて、「魔女にやられた、という説を支持しています」


 正解。私の最期は魔女に負けた。それだけである。最強の力を葬ったのは、それを超える最強の力だったというだけの話。


 しかし、魔女という名前はあまり東征とうせいには聞き馴染みがないようだった。首を傾げて、


「魔女……?」

「知らないのも無理はありません。魔女は本当に存在したのかすらも怪しまれている人間ですからね。文献は残っていますが……」

「……文献が残っているのに、なぜ存在が怪しまれているんですか?」

「ふむ……」教師は時計に目を移して、「その話は少し長くなります。後で詳しくお話ししましょう」

「わかりました。ありがとうございます」


 東征とうせいは深く頭を下げて、席についた。そして、教師が授業を再開する。

 

 それにしても……魔女の存在は現代ではあまりメジャーなものではないらしい。東征とうせいが知らないのであれば、大抵の人間が知らないのだろう。少なくとも教科書に載っている存在ではない。

 あれほど強かったのに、なぜ歴史に名を残さなかった?


 わからんな……あれほどの力があれば、嫌でも有名になりそうなものだが……


 しかし、やはり歴史というのは面白い。その歴史に至るまでの理由や過程が知的好奇心を刺激してくれる。


 東征とうせいと教師が歴史について話し合うのは、おそらく放課後だろう。その時になったら、話を聞きに行こう。


 それまで……一眠りするとするか。


 歴史の授業をBGMに、私はあくびをしてからご主人の膝の上に寝転がる。猫の姿になってからというもの、こうして昼寝をすることが多くなった。こんなに気持ちのよいことなら魔王のときも、もっと昼寝をしておけばよかった。


 そんなこんなで入眠して、私は夢を見ていた。


 それは、はじめてご主人と出会った時の夢だった、

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