第2話 時間がないので
泥棒を追っ払って、ドアノブに飛びつく。そして扉を締めて、1つあくびをする。
道路の向こうの壁を破壊してしまったが、このあたりは異常に治安が悪いので、問題にはならないだろう。
警察という組織も、もはやこの地域では機能していていない。もっとがんばれよと思うが、猫である私に警察組織を変革する力なんて存在しないのだ。
とにかく、今の私に重要なのは泥棒のことでも治安のことでもない。私のご主人のことである。学校に遅刻しそうなご主人をさっさと叩き起こさなければならないのだ。
そう思ってご主人の眠るベッドに戻ろうとすると、
「こんばんは、ネイブル」
まったく緊張感のない、ふわふわした声が聞こえてきた。見ると、そこには私のご主人、
爆発でもしたみたいな寝癖だった。そして顔も声も雰囲気も、まったく締まりがない。もっと凛々しい顔つきをすれば、さぞ異性にモテるだろうに。
一応このご主人は美少女と呼ばれる分類に入るのだろう。寝癖を直せばショートカットが似合っているし、顔だって整っている。背もそこそこ高い方で、スタイルだって良い。
外見上はかなりの上玉。しかし、それを補って余りある欠点がご主人には存在する。
「キャナリはいつも通り白いですね。まるで猫みたいです」
猫だからな。そりゃ猫みたいだろ。
ツッコミどころは他にもある。
「ニャ(私は黒猫だ。そしてキャナリじゃない)」
ついでにいうとネイブルでもない。そして今は朝だ。さっきの「こんばんは」もおかしい。
ご主人の言葉はさらに続く。
「今日の天気とかけまして、みたらし団子を買えなかった女性と解きます」
「ニャ(その心は?)」
「……」
「ニャー(思いついてないなら言うな)」
完全に思いつきで喋り始めてただろ。何も考えてなかっただろ。
「あら……」ご主人は不意に壁の時計を見て、「もうこんな時間なんですね……」
一応遅刻の時間だということは認識しているらしい。だったらもう少し危機感を持ってほしいが、言うだけムダだ。というか今の私はニャーしか言えない。
「困りましたね」ご主人は私を拾い上げて、胸に抱く。「猫の手も借りたい、なんて言いますけど……うちに猫はいませんからね」
「ニャオ(私のことなんだと思ってるんだよ)」
完全に猫だろ。どこからどう見ても猫だろう。完全に黒猫だろう。まさか犬だと思って飼ってるのか? 思ってないよな? そんなわけないよな?
「時間がないので、急いで二度寝しましょうか」
違う。急ぐのはそこじゃない。いくら最速で二度寝したところで遅刻は遅刻である。
ご主人は比較的機敏な動きでベッドに入り込む。そして、
「おやすみなさい。ビッグ」
だから私はビッグじゃない。ケントニス・ノレッジ・コネサンス・シュテルケ・ポテンツァ・サジェス・ウィズダム・ヴィスハイト・ヴィゴーレ・マハト・フォルスだ。この長い名前のどれか1つでもいいから正しく呼んでくれ。あんたがつけた名前だろうが。
そんなこんなで、ご主人は寝息を立て始める。相変わらず眠るのだけは早い人だった。
さて、ご主人は眠ってしまった。それも私を抱いたままである。ここまで堂々と二度寝されると起こす気も湧いてこないので、このまま寝かしてやろう。
……私も寝るか。猫になってから、特にやることもない。食べて寝て、それの繰り返しである。
なんにせよ……相変わらず私のご主人は強烈な変人である。美少女なのに人が寄ってこないの理由がよく分かる。
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