第十三章 マグナスプラン帝国乱入

第70話 多勢に無勢、軍勢乱入

 ◇◆◇


「ローザ将軍! 左翼さよく方向から正体不明の騎士団が突っ込んできましたっ!」

「大変です、謎の突撃部隊のさらに後方に、大軍の姿を確認ッ!」

「その数、我が軍を優に超えているように見受けられますっ!」


 《革命軍》の中央、ローザ将軍の本営ほんえいへ、悲鳴のような報告が次々と飛び込んでくる。

 まさにこれから《セネリアル州軍》を捕捉しようかというタイミングだっただけに、ローザは苛立いらだたしげに剣を振ってしまう。


「敵の援軍だと言うのか? そんなはずはない、誤報ごほうではないのか!?」


 敵の《セネリアル州軍》に追加の兵力を用意する余裕がないことは、ここ連日の戦いの内容から判明している。

 伏兵や別働隊という意味では、《森の民》や《山の民》の部隊の存在があるが、規模としては少数であるし、その他の、例えば《ジェントフォンヌ伯爵はくしゃくぐん》などの《反革命軍勢力》も大軍を編成するまでには至っていない。

 ローザ将軍はそれらの状況をかんがみて、全軍の動きを修正するとともに、至急、詳細を確認するように指示を出す。

 だが、当然ながら、そのことが《革命軍》の中に大きな混乱を生み出した。


「って、竜宮たつみやたちは目の前なのに、左翼さよくからの攻撃にそなえろとか、意味わかんない!」


 声を荒げたのは、右翼うよくの一部隊を指揮していた《革命軍の三十九勇士》のひとり、カフィーラ・メリスであった。

 そんな彼女に続く、キース・ジョータスやストレア・ティーアも、カフィーラと同様ローザの命令を無視して、前進を続ける。

 一方で、阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄と化したのは、反対側の左翼だった。


「なんだ、この敵──どこから沸いたっ!?」


 クラッド・ミランが焦りの声を上げる。

 今や、謎の重装じゅうそう騎馬隊きばたいの突撃を受け、内部を蹂躙じゅうりんされてしまっている左翼は崩壊寸前といった状況だ。


「っていうか、なんで、こんな大軍が近づいてくるのがわからなかったの!?」


 サーリア・ウラヌス、ファラード・ミルといった左翼の部隊を率いる将たちも、完全にパニックに陥っている。

 完全に混乱してしまった《革命軍》の軍中を、黒ずくめの重装騎馬隊が本陣目指して突き進む。


 ◇◆◇


 僕は目の前の戦況の変化を一瞬理解することができなかった。


「ノクト様!」

「ノクトのバカ!」

「よかった、ノクト無事だった!!」


 《革命軍》が謎の軍隊の横撃おうげきを受けて崩れていく様子を遠望えんぼうしながら呆然とする僕のもとへ、エクウスを先頭にマースベル、ティグリス、パークァル、レイファス、そしてドラックァまでもが駆け戻ってきた。


「ノクト様、酷いです。単身行動したフロースさんをアレだけ責め立てておいて、自分も同じことやっちゃうなんて」

「そうだよ、あとでフロースになに言われたって反論できないからね」


 エクウスとマースベルに両側から叱られつつも、僕は《革命軍》の戦況から目を離せずにいた。

 こちらへと突っ込んでこようとする《革命軍》右翼部隊も、突出したところへ、こちらは謎の軽騎兵けいきへい部隊ぶたいに突撃され次々と混乱の渦の中に巻き込まれていく。


「ノクト様、あの北西から現れた大軍は、どこの軍なんですか?」

「あんな味方がいるなんて聞いてないよ、ノクトの切り札だったの?」


 今度は、援軍がいることを隠していたと責めるような口調のエクウスとドラックァ。

 だが、僕は緊張を隠せない口調のまま、頭を振って否定する。


「いや、あれは味方じゃない」


 僕は目の前を《革命軍》右翼部隊へ向かって駆けていく騎馬隊が掲げる旗を指さした。


「あの旗は帝国軍──《マグナスプラン帝国》の軍隊だ!」


 突然の《マグナスプラン帝国軍》の乱入によって、ローザ将軍率いる《革命軍》は大混乱からの大敗走に追い込まれる。


 ○


 《マグナスプラン帝国》は《トルーナ王国》と北方の険しい山岳地帯を国境として接している強大国だ。

 帝国の経済力や軍事力は、悔しいけれど《トルーナ王国》を大きく上回る。

 その帝国が、突如、大軍を発して王国に攻め込んでくるとは。


「《革命軍》のヤツらが国境守備部隊も引き上げさせて兵力に組み込んじゃっていたんでしょ」

「いや、それにしたって、一朝一夕いっちょういっせきであんな大軍で侵攻してくるのは不可能だよ」

「ボクたちが前に帝国に行った時は、そんな気配全くなかったよね」


 いったん、僕は軍を大幅に後退させて、《森の民》の斥候兵せっこうへいたちに状況の把握を依頼して送り出す一方、本陣では《王国の忘れ形見》の子供たちを含む首脳陣を集めて、現状分析と今後の方針について議論を交わしていた。

 僕は腕を組んだまま、低くうなってしまう。


「うーん、《セネリアル州》と帝国の交易ルートからは、大きな軍隊が動いているという気配はつかめなかったんだよね。というか、もともと地方反乱鎮圧のために軍隊が帝国内を活発に動いている状況だったから……って、言い訳かなぁ」


 確かに、事態がこうなってしまった以上、北方の国境守備部隊を撤退させてしまったのは《革命軍》の失策だろう。

 一定規模の軍隊を国境に貼り付けておけば、今回みたいな帝国の侵攻は起きなかったかもしれない。


「でもさ、考えようによっては、帝国軍のおかげで《革命軍》を撃破できたんだから結果オーライじゃない?」


 そのフラーシャの言葉に、僕は頷きつつも肯定はできなかった。


「確かに今回の戦闘に関しては帝国軍に救われたよね。でも、狼を追い払うために虎を呼び込むようなもので、より強大な敵が現れたっていう事実から目を背けちゃいけない」


 僕の注意喚起ちゅういかんきに、沈黙してしまう面々。

 強大な帝国軍は、僕たち《反革命軍勢力》を助けるために侵攻してきたワケではない。あきらかに、この機会を活かして侵略戦争をしかけてきていると思っていい。

 確かに、ここ最近は両国の間で武力紛争は起きていないが、平和的に不可侵条約を結んでいたわけでもないのだ。


「僕たちは《革命軍》だけじゃなく、むしろ《革命軍》よりも強力かもしれない帝国軍をも相手にしないといけなくなったんだ」


 子供たちが一斉に息を呑んだ。

 事態の深刻さは薄まるどころか、さらに危機的状況へと陥っていく。

 そして、それは僕たちだけではなく《革命軍》──ひいてはこの国、《トルーナ王国》全体へと燃え広がっていくのであった。

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