第61話 収まらない戦火

 僕たち率いる《セネリアル州軍》と《革命軍》の緒戦しょせんは僕たちの圧倒的勝利に終わった。

 この勝利は予想以上に大きな反響をもたらした。

 完全に有利な状況にあると見られていた《革命軍》が敗北したのだ。

 もちろん、《革命軍》は箝口令かんこうれいを敷いて噂が燃え広がることを防ごうとしたが、そう簡単に人の口に戸は立てられない。

 《革命軍》への畏敬いけいと恐怖が崩れ始めるきっかけとなり得る事態だったのだ。


 ◇◆◇


「いったい、なにをやってるんだ、三栗みくりたちはっ!」


 《王都トルネリア》にある王城の会議室に、《革命軍》のリーダー格にあるリッチ・タウランのヒステリックな声が響いた。

 普段、《革命軍の三十九勇士》たちは前世の名前を呼ばないという暗黙あんもくの了解があったのだが、先日の緒戦で敗北したトリエ、ヴィグ、アルフォールの三人に対して、リッチは容赦なく三栗みくり野路のじ米香よねかと呼び捨てにする。


「だから、あれだけ言っておいたんだ。兵力が集まるまで待てって、それなのに、アイツらはっ!」

「でもさ、今回の負けって、待機していたところを《セネリアル州軍》に急襲されて負けたってことらしいじゃん。だったら、待機の指示を出していた人にも責任があると思うんだけど」


 それにそもそも戦闘向きではない三人を最前線に送り込んだ決定をした《革命会議》の判断はどうなのか。

 そう冷静にツッコんだのはコジット・アミコーラだった。

 穏やかそうな表情とは裏腹に言うことに容赦はない。リッチは思わず言葉に詰まってしまう。

 先日の緒戦で《革命軍》の部隊を率いていたトリエ、ヴィグ、アルフォールは這々の体で北領ほくりょうの中央都市《レナンディ》まで逃げ延びていた。そこから急使で《王都》へと報告してきたのだが、自分たちは指示通り後続のロザリー軍を待っていたと主張していたのだ。


「それはそれ、これはこれ、です!」


 尖った声が会議室の空気を引き裂いた。

 前世のクラスで風紀委員を務めていた衣端きぬはた──ユースティアが眼鏡を押し上げて、集まった面々を睨みつける。


「どちらにせよ、率いていた軍団を壊滅状態に追い込んだ指揮官としての責任を追求しなければなりません。《革命裁判》にかけるために急ぎ《王都》へ召還する必要があります」

「って、そんな《革命裁判》とかやってるひまあるの? これから北領での戦いが本格的になるって時に?」


 コジットが呆れたように肩をすくめて見せると、隣に座っていたティミ・カドゥスが発言を求めた。


「北領の戦いもそうだけど、わたしとしては南領なんりょうの状態が気になるわ」


 そう言うティミの瞳は茶色の前髪に隠されてよく見えない。


「今は一刻も早く南領の争乱を収めて兵力を北領へ回さないといけないのに、レドくんは粛正しゅくせいと称して無闇むやみに戦火を広げているように思えるの」


 冷血宰相れいけつさいしょうことドランクブルム公爵こうしゃくが滅びた後、収まるかに見えた南領だったが、旧《宰相派王国軍》の残党が各地に散らばる結果となってしまった。

 その鎮圧を買って出たのが赤毛の剣士レド・ディアボロ──伏木ふしき 芳隆よしたかだったのだが、その方針は強引かつ残虐で、一度は消えかけたように見えた南領の戦乱の炎を再び煽り燃え広がらせようとしていた。

 しかし、リッチは小さく笑ってティミの発言を一蹴する。


「わかってないな、一刻も早く鎮圧するためにも、必要なのは恐怖とおそれだ。対話なんか、それこそいくら時間がかかるかわかったもんじゃない」


 そのためにも、《反革命軍勢力》は徹底的に叩きつぶし踏み潰す。そして、敵に対して決して容赦しないレドたちに南領を任せるのが最適解さいてきかいだとリッチは言い放った。

 コジットが深いため息をつく。


「恐怖と畏れ、か──確かに短期的には効果を発揮するかもね。でも、長期的に見たとき、その刃は自分たちに返ってくるだけじゃないかと思うんだ」


 前世の授業で学んだ歴史を思い返せば、いくらでも前例がある、とコジットは語る。


「この先、竜宮たつみやの《セネリアル州軍》を撃ち滅ぼして終わりってワケじゃない、その先もあるんだ。ぼくたちはそこまで見据みすえないといけない」

「そんな悠長なことは言ってられない。竜宮たちを倒さないと、そこで《革命軍》は終わりなんだ」

「はぁ?」


 思わず間抜けな声を上げてしまうコジット。


「《革命軍》の議長であるリッチくんは、今回の竜宮との戦いに負けるかもしれないって思ってること?」


 各地で争乱の種を抱えているとはいえ、一国を掌握しょうあくすることに成功し、貴族たちを追い落として平民たちの新しい国をおこすという大義名分の元に民衆の絶対的な支持を得ている《革命軍》。

 それに対し、かろうじて辺境の一州を維持している、時代に逆行させようとしている旧貴族の残党。

 客観的に見て最終的な勝敗は決まっているようなものだろう。

 なのに、この《革命軍》のリーダーは不安を抱えているようだった。


「そんなことは言っていない」


 リッチはコジットの指摘に対して頭を振ってみせる。


「ただ、どんな弱小な敵と戦うことになっても、慎重でありたいと考えているだけだ。それのどこに問題があるというんだ?」

「だったら、それこそ、きちんと後方を安定させた上で、兵力をきちんと整えて──」

「もういい」


 さらに言い募ろうとするコジットの言葉をリッチは手を振って遮った。


「《革命会議議長》の権限でコジット・アミコーラ──田野上くんの退席を命じる。これ以上の議論は無駄なだけだ」


 ○


「あらら、追い出されちゃったのね」


 会議室から出たコジットに甘ったるい声が投げかけられた。


「ジェンマさん」


 露出度の高い占い師風の装束を身に纏ったジェンマ・ヴェノー──浪風なみかぜ 愛花あいかがそっとコジットへと近づいてくる。


「コジットくんの言うこと間違ってないと思うわ。リッチくんもいろいろあって気が立ってるだけなんじゃないかな」

「……で、ジェンマさんはリッチの命令で、ぼくの本心を探りに来たってワケ?」

「それは誤解よ、あたしの力で読むことができるのは、この世界の人たちの心だけ。《転生者》の心を読むことはできないんだから」

「どうだか」


 コジットは小さく笑ってから、そのままジェンマを後に残してその場を去る。

 その背中を見送りつつ、ジェンマは意味深いみしんな笑みを浮かべた。


「冷血宰相殿が消えて世の中が退屈になるかと思ったけど、まだまだ、これからも燃え広がりそう」


 クスクスと一人笑うジェンマ。

 人の心を読む能力──《革命軍》内部や協力者の裏切り者や異端者いたんしゃをあぶり出し、さらには、単身、敵勢力へと潜り込み、一般兵から指導者にまでその力で浸透し組織の弱体化を担った《魔女》。

 南領から北領へと移った火の手は、さらに大きく大きく燃え上がろうとしている。


 ◇◆◇

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