第29話 プテラーム城砦奪取戦③

「この兵士たちは、情けなくも敵に怯えて《プテラーム城砦じょうさい》から逃げ出してきた兵士たちの代表です。本来なら指揮官クラスが責任を取るべきなのですが、戦闘中行方不明ということなので、兵長へいちょうクラスの彼らに責任を取ってもらいまーす」

「それでは、革命の《三十九勇士》がひとりトリエ・カスターネの名において、を宣告します」


 少年に続いて、少女の声が響き渡り、両軍の間に困惑と恐怖がない混ざった沈黙が降りる。

 そして、ひざまずかされた兵士たちの後ろに、の剣を持った兵士たちが並んだ。

 少女の声が淡々と響く。


「刑の執行も敵前逃亡した兵士にやってもらいます。まあ、これもある意味罰なのよね」


 さすがに、僕はガマンできずに《風霊術》を発動させて、敵軍に向けて声を投げかける。


「ちょっと、待って! さすがに無茶苦茶だ!」

「あ、敵から反応があった」


 少年が少し驚いたような声を上げた。

 すると、今まで沈黙していたのか、もう一人の少年の声も風に乗ってくる。


「って、もしかして、これ竜宮たつみやじゃね?」

「え? そうなの?」


 先ほどトリエと名乗った少女が面白そうに笑う。


「そこに竜宮たつみやくんいるの? だったら、話は早いんだけど」


 だが、僕は、まともに相手にするつもりはなかった。


「なんのことを言ってるかわからない。それよりも、その処刑は中止しろ。そこの兵士たちには罪はないだろ。指揮官クラスは全員こちらが捕虜ほりょとして捕らえてある。罪を問われるのは彼らだろう」

「なら、そちらの指揮官たちはあなたが処刑しておいてくれる?」


 ──そんな単語が僕の頭をよぎった。

 このトリエという少女──もとクラスメイトの誰かわからないが、どこかたがが外れているように思えた。

 そして、惨劇は繰り返された。

 僕たちの目の前で、ひざまずかされた兵士たちの首が次々と落とされていく。

 中には昨晩まで同僚として共に働いていた仲間の首を落とすことに耐えきれず、剣を落とす兵士もいた。

 しかし、トリエに命じられた他の兵士が、その兵士もろとも首を刎ねる。


「死刑執行終了──じゃ、あとは任せたね」


 陽気なトリエの声が響いた。

 続いて少年たちの声が風に乗る。


「降伏勧告はしても無駄だと思うから、スルーするね」

「というわけで、全軍突撃! あとはイイカンジで砦を攻め落としてよね」


 こうして、なし崩しに《プテラーム城砦じょうさい》攻防戦が開始された。


 ○


「──って、マジですかぁっ!?」


 僕は思わず城壁を握ってマヌケな声を上げてしまった。

 隣で、まだ幼いドラックァすら、同じようにぽかんとした表情を見せる。


「ねぇ、ノクト。これって、ただ突っ込んでくるだけ──だよね?」


 そうなのだ。

 《革命軍》は両側を崖に挟まれた街道を、ただただ《プテラーム城砦》めがけて突撃してきたのだ。


「ねぇ、ノクト。これって、矢を撃ってきてもここまで届かないよね。


 そうなのだ。

 《革命軍》は散発的に矢を射かけてくるが、この高くそびえる《プテラーム城砦》の城壁上まで届く矢はほとんどなかった。

 そのことに今さら思い至ったのか、《風霊術》で矢の軌道を延ばそうとしてきたが、それは、僕の《風霊術》であっさりと相殺してしまう。


「ねぇ、ノクト。これって、砦の前までたどり着いたら、次どうするつもりなの?」


 そうなのだ。

 おそらく、城門を破るか、城壁を登ろうとするか、その両方か──


「……射て」


 城門の上にいるディムナーテが《森の民》の射手たちに指示を飛ばすと、次々と矢が放たれ、城門前へ《破城槌はじょうつい》を移動させようとする敵兵たちを次々と射倒していく。

 それに対し、慌てて盾を頭上に構える革命軍兵士たち。

 だが、そこへ、エクウスの《炎霊術》、フラーシャの《水霊術》、フランの《地霊術》といった強力な精霊術が降り注ぎ、《破城槌》を破壊し、掲げた盾を吹き飛ばしていく。

 まさに一方的展開。

 また、城壁に梯子をかけようとする兵士たちもいたが、そもそも、そんなに長い梯子など用意していなかったのか、城壁の中程までしか届かない有様だった。

 僕は、肩越しに振り返ってフェンナーテに指示を出す。


「今から《風の翼》を用意しますので、やっちゃってください。容赦なく」

「よっしゃ、任せとき!」


 ぐっと親指を立ててみせると、フェンナーテは城壁の南端へと向かっていく。

 僕は精神を集中させて風の声を聞き取り、城壁南端から断崖の上へと繋がる風の通路を複数作り上げた。

 その風に乗って、断崖上へと飛び上がっていくフェンナーテたち。


「よっしゃ、ここからなら狙い放題だ! とにかく射ちまくって敵を混乱のどん底に叩き落としてやれ!」

『おぅっ!』


 フェンナーテの放った矢が革命軍中央部にいた指揮官のひとりに命中すると、それに続いて、ゴゥッという羽音とともに無数の矢が革命軍の頭上へと放たれる。


『うああああああああっっ!?』


 この攻撃で、《革命軍》は混乱の極みに陥った。

 細長く伸びた隊列の中央部分が、頭上から遠距離攻撃を受けたのだ。

 前に進むことも後ろに進むこともできず、ただただ盾を構える兵士の元に集まろうとする。


「もしかしなくても、アイツら、なにも考えてなかったのかな……」


 僕は憮然とする。

 《革命軍》のここまでの反応を見る限り、戦術とか作戦とか、まともに考えていたとは思えない。

 おそらく《革命軍》の指揮官たちは無謀な進撃に対して反対したが、それを《三十九勇士》の三人が強行したというところか。

 もしかすると、さっきの革命裁判も、味方に対する見せしめだったのかもしれない。


「……そろそろ限界だな」


 ──《革命軍》の動きが逆転する。

 城壁前に殺到していた兵士たちは、傷ついた味方や武器を投げだし、一目散に逃げだしていく。

 そして、その流れは次第に後方へと伝播して、細かいさざ波を生み出しながら、次第に流れを速めていく。


「射て、射て、射てっ!!」


 フェンナーテの叫びが響き、さらには北面の断崖の上へと移動したディムナーテやエクウスたちも逃げ惑う革命軍兵士たちに容赦ない攻撃を加える。


『ちょっと! 竜宮たつみや、そこにいるんでしょっ!!』


 少女の声が城壁上に響き渡った。

 僕は《風霊術》で風の動きを調節して、会話が周りに聞こえないように指向性を持たせる。


『だから、なんのことだかわからないって言ってるでしょ』


 そう返事をすると、《革命軍三十九勇士》の少女が「ムキーッ!」とうなり声を上げた。

 代わって、少年二人の声が飛んでくる。


『まぁ、そういうことにしてもイイけど、もう後戻りはできないぞ』

『今ならまだ、やり直せるかもしれないけど、これ以上やりすぎたら……』


 その言葉を、さすがに僕はスルーすることができなかった。


って何を? 革命とか言って、僕たちの大事な人を奪い去ったことをやり直せるの?』

『おい、お前はどっち側なんだよ、竜宮たつみやなんだろ? この世界なんてゲームみたいなもんだろ?』

『話にならない』


 僕が会話を打ち切ろうとした時、少女の叫び声がギリギリのところで滑り込んできた。


竜宮たつみや、あんた、わたしたちをこんな目に遭わせて──絶対後悔させてやるっ!!』


 その声を最後に、僕は風をシャットアウトした。

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