第27話 プラテーム城砦奪取戦①

 僕たちが《プテラーム城砦じょうさい》付近にたどり着いたのは、ちょうど夜に差しかかった頃だった。

 この日は新月ということもあり、城門と城壁の上で焚かれている火以外、あたりは漆黒しっこくやみに包まれていた。


「作戦を確認するね──」


 声を抑えた僕の周りに集まった面々は無言で頷いた。


 ◇◆◇


「革命軍の本隊到着は明日の昼過ぎの予定だったな」


 《プテラーム城砦じょうさい》の城司じょうし──メイリス将軍は就寝前に配下の指揮官たちを集めて、軽い打ち合わせを行っていた。

 若い指揮官のひとりが問いかける。


「すでに《セネリアル州》方面の城門は閉鎖を済ませてありますが、王都方面の城門はいかがいたしましょうか」

「開けたままで構わぬ。今閉めたところで、また明日開けることになるのだ。我らは敵地である《セネリアル州》の方を警戒しておれば良い」

「敵地──でありますか」


 若い指揮官が複雑な表情を浮かべる。

 もともと、この《プテラーム城砦》は《マグナスプラン帝国》との国境守備という目的で置かれた城砦じょうさいだ。

 だが、実際には帝国が踏破不可能と言われる《カムフラン山脈》を越えてくるとは考えられず、もっぱら《セネリアル州》と王都方面を結ぶ街道の警護任務がメインになっている。

 そのため、重々しい城門も普段は商人の行き来を妨げないよう開放されていた。


「《セネリアル州》ですが、モラティオ子爵ししゃくが領主の座を追われたというのは事実ですが、だからといって、問答無用で軍による討伐を行うとは、正直理解いたしかねます」

「滅多なことを言うものではない。安易に《革命軍》を批判すると、裁判にかけられて、下手をしたら首をねられかねないぞ」


 メイリス将軍は、部下をそうたしなめつつもかすかに顔をしかめた。

 確かに《革命軍》の動きには不可解ふかかいなところがある。

 辺境の地である《セネリアル州》には、それほど大きな軍備は備わっていない。

 それに、モラティオ子爵ししゃくに取って代わったのは、まだ幼い子供たちだというではないか。


「必要とあれば、俺が一軍を率いて《州都しゅうとネール》に向かうものを、まさか、一万を越える兵を差し向けてくるとは」


 今、王都にっている《革命軍》は、多少状況が有利に傾きつつあるとはいえ、南方の冷血宰相れいけつさいしょう勢力との戦いは予断を許さないはずだ。

 それなのに、一万以上の兵力を、こんな辺境へと差し向ける余裕などないはずなのに。


「いかん、いかん」


 メイリス将軍は首を横に振った。


「今は、余計なことは考えないようにしよう。とにかく、明日到着予定の《革命軍》を迎え入れること。そして、その後は我々も《革命軍》の指揮下に入ることになる。その準備だけ終わらせて──」


 その時だった。

 作戦室の扉が音高く開かれて、兵士がひとり転がり込んでくる。


「た、大変です! て、敵襲です!!」


『なんだと!?』


 メイリス将軍たちは色めき立った。


 ◇◆◇


「──それじゃ、いくよ」


 僕たちは闇夜に紛れて城壁の一角に取りつくことに成功する。

 だが、問題はここから先だ。

 この暗闇の中、高くそびえる城壁を登るのは不可能に近い。

 でも、僕には秘策があった──《風霊術ふうれいじゅつ》。


「《風の精霊王せいれいおう》よ……我ら風の子に翼を与えん……」


 声を抑えて精神を集中させる僕。

 すると、十を超えるつむじ風があたりに集まりはじめ、うっすらと光を帯びた風の渦がいくつも地面に現れた。


「みんな、練習通りに落ち着いて風に乗ってね」


 そう指示してから、まず、僕自身が風の渦へと足を踏み入れる。

 すると、次の瞬間、身体が勢いよく浮き上がり、あっという間に城壁の上に移動することができた。

 続いて、エクウスやフラーシャ、フランの双子とティグリスたち三人。さらに、フェンナーテ、ディムナーテ姉妹と、フォルティスたちに続いて、《森の民》と《山の民》の戦士たちも続々と降り立ってくる。


「──なんだ、貴様らっ……ぐふっ」


 僕たちに気づいた敵兵士の見張りが笛を吹こうとするが、フェンナーテが放った矢で喉を射貫かれ、城壁の外へと落ちていく。

 このような夜戦において、夜目が利く《森の民》と《山の民》の存在は非常に大きい。

 フェンナーテとディムナーテの指揮の下、《森の民》の射手しゃしゅたちが城壁上の見張り兵士たちを次々と射倒していく中、《山の民》の戦士たちは素早く駆け回り、指揮官を狙って討ち取っていく。


「城壁が制圧されたぞ!!」


 僕は城壁の上から叫びつつ、城砦じょうさい内の敵兵たちの動きを注意深く観察する。

 事前に、城砦じょうさい内の見取り図は手に入れてある──もともと、商人たちが自由に往来できていたとりでということもあって、その内部は周知の事実と言っても過言ではない。

 こうなってしまうと、不用心とのそしりを受けかねないが、それは逆に平和だったという象徴でもあるし、難しいところだ。

 そんなことを思わず考えていた時、同じように城内を監視していたエクウスが声を上げる。


「敵の指揮官らしい人がいたっ!」


 そう言うなり、エクウスは《炎の精霊術》を、城館じょうかん前の広場のあたりへいくつも放った。

 それを見たディムナーテが小さく頷く。


「……うん……あの立派なマントは……指揮官で間違いないと思う……」


 続いてディムナーテは今までと違う矢を手に取り、城館じょうかん前の騎士たちを狙って次々と矢を放つ。

 それらの矢はすべて命中したが、距離が距離だけに傷を与えることはできなかった。

 だが、やじりにくくりつけられていた小さな袋から零れた塗料が鎧に付着し、闇の中で淡く光る。


「ヒカリゴケでつくった《山の民》特製の光る塗料──目印には十分だよね」


 僕が頷くと、側にいた子供たちの一人、レイファスが思いっきり笛を吹いた。

 それを合図に、城砦じょうさい内にすでに降りていたフォルティス率いる《山の民》の部隊が、エクウスの《炎の精霊術》を追って、敵指揮官たちが集結している場所へと、ものすごいスピードで迫っていく。

 ちなみに、城砦じょうさい内に降りている《山の民》たちも背中にヒカリゴケの塗料で目印のマークを書いてある。城壁の上から矢を放つ《森の民》たちに誤射されないためだ。


「エクウス、ここの指揮は任せた! 僕も下に降りる! フラーシャとフランはついてきて。ティグリス、パークァル、レイファスはエクウスと一緒に、城壁上を守るんだ」


『了解!!』


 子供たちの声が夜空に響く。

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