第15話 初めての復讐

「もちろん演技に決まってるでしょ、アレ」


 僕は捕虜ほりょにした子爵ししゃくの息子──オリヴァールのしおらしい態度を一刀両断いっとうりょうだんのもとに斬り捨てる。

 作戦会議の場で、オリヴァールの処遇しょぐうについて問われた僕は無罪放免むざいほうめんはありえないと明言した。


「それにあながち私怨しえんだけってワケでもなかったりして」


 そう言いつつ、僕が手にした書類は、街の住人や捕虜ほりょから聞き出した情報の一部。

 それによると、オリヴァールの主導のもと、多数の子供たちが強制徴用きょうせいちょうようされ、環境劣悪かんきょうれつあくな鉱山の中で働かされているとのことだった。


「あんな目にわされていたのは、僕たちだけじゃなかったんだね……」


 ため息をつく僕に、なにか言いたそうな視線を向けてくるエクウス。


「大丈夫だよ、ちゃんと助けにいくから。あんな目にうのは僕たちが最後にしたいよね──さて、そのためにも、この街を制圧せいあつしないとだ」


 今、僕たちと《森の民》軍は《ネール》の街のほぼ全域を制圧して、敵軍を領主館りょうしゅやかたに封じ込めて睨みあっている状況だ。

 ぶっちゃけ、僕たちの勝利は、ほぼほぼ確定している。

 その中で、最後の一手をどうするかで、今後の流れが左右される──というわけで、作戦会議となったのだ。


「大量の火矢を打ち込んで、あぶり出してやればいい。やかたとともに焼け死ぬことを選ぶのなら、それもそれであっぱれじゃ」


 族長がぐっと親指を立てて、自信ありげに白い歯を光らせて笑ってみせる。

 だが、僕は書状を書く手を止めて、そんな祖父様じいさまを制した。


却下きゃっか

「なんでじゃ!? ここは派手にやった方が、我らの完全勝利を印象づけることができるじゃろう! それによって、後々反抗しようとする気も起きなくなるじゃろうし」

「恐怖で抑えても、その恐怖が増大していくことによって、最終的に追い詰められた恐怖心が暴発します。そうしたら、僕たちの手には負えません。《森の民》と《セネリアル州》の人口差だとひとたまりもありませんよ」

「ふむぅ、確かにそれもそうじゃろうけど、森を焼かれた仕返しもしたかったのぅ」


 残念そうに落ち込む族長を押しのけるようにして、今度はフェンナーテが「はい、はいっ!」と身を乗り出してきた。


「だったら、このまま包囲して兵糧ひょうろう攻めにしてやればいいんだよ! アレだけの兵士を抱え込んだら、数日も保たないだろ? 立てこもって飢え死にするなら、それもそれであっぱれだし、空腹を抱えて突撃してきたら、それもそれであっぱれだし」

「却下」

「どうしてだよ!? 族長の案に比べたら穏当おんとうじゃねーか!」

「今は時間をかけたくないんだよ。それに正直なところをいうと、敵にもこれ以上犠牲を出させたくない」

「はぁっ!?」


 「なに甘っちょろいこといってるんだ、このボンボンは?」みたいな表情で顔を近づけてくるフェンナーテの後頭部をディムナーテが勢いよく叩いた。

 まあ、そうツッコみたい気持ちはわかる。


「とりあえずさ、僕に一晩時間をくれない? あと、あのモラティオ子爵ししゃくの息子の身柄みがらをあずけてほしいんだけど」


 そういいつつ、書き上げた書状を掲げてみせた。


「この書状を何通か複製して矢で打ち込んで、ちょっとだけ待てば、この戦い、血を流さずに終わらせることができるよ、きっと」

「あ、ノクト様、悪い笑みを浮かべてる」


 フロースがジト目でこちらを見ている横で、エクウスがあからさまにひいている様子が見て取れる。


「え、なに? そんな悪い顔してる、僕? これが一番人道的な作戦だと思うんだけど──」


 ○


「──と、いうワケで、無事戦闘終了とあいなりました」


 そう言って、僕が指し示したのは解放された領主館の中庭。

 その中庭中央の噴水の前に跪かされたモラティオ子爵ししゃくと、その一族の面々。

 ポカンとした表情のフェンナーテが、こちらに顔を向けてきた。


「なぁ、領主館りょうしゅやかたに撃ち込んだ、あの書状に何を書いたんだよ」

「うん? 単純なことだよ? 無条件降伏すれば、モラティオ子爵やオリヴァールを含む一族全員、及び、兵士全員の生命を保証する。さもなければ火矢攻めと兵糧攻め、好きな方を選んで返事ちょーだいって」


 返事の内容に関しては、三パターン想定していた。

 一つ目は、モラティオ子爵ししゃくが息子の命惜しさに降伏こうふくするパターン。

 二つ目は、兵士たちがモラティオ子爵ししゃくを見限って、子爵ししゃくの身柄を差し出してくるパターン。

 三つ目は、書状の内容を無視して徹底抗戦てっていこうせんの構えを見せるパターン。


「いやぁ、三つ目の選択をしてこなくて助かったよ。もし、それを選んだとしたら、子爵ししゃくが予想外に支持されていて、軍隊の忠誠心ちゅうせいしんも厚いってことだから、下手したら最悪のパターンに突入していたかもしれない」


 ちなみに、今回は二つ目の兵士たちが反旗を翻したパターンでした。


「《オクリヴィジニス》もそうだけど、ここに来るまで話を聞いたりした限りでは、モラティオ子爵ししゃくの人望が厚いとは、到底思えなかったんだよね。だから、兵士たちの背中を押してあげれば動いてくれるかなーとは思ってんだ」


 ほぉーっ、と素直に感動してくれる族長やフェンナーテたちの態度に、少し気恥ずかしくなったりもして。

 そんな僕に対し、拘束されたモラティオ子爵ししゃくが、必死の面持おももちで声を投げかけてくる。


「おい、《森の民》の族長よ! 此度こたびの件、完全なこちらの不明であった。この通り詫びる! だから、息子を、オリヴァールを返してくれ!」


 僕は正直驚いた。子爵ししゃくが自分の命乞いのちごいよりも先に、息子の心配をするとは思ってもいなかったのだ。

 族長が、僕の頭に手を乗せる。


「交渉の相手が違うな。今、我ら《森の民》を率いておるのは、この可愛い孫──冷血宰相れいけつさいしょうドランクブルム公爵こうしゃく末子まっし、ノクト・エル・ドランクブルムじゃ」

「お祖父じいさま、今はそれはいいですよ」


 僕の名前を聞いて、子爵ししゃくやその一族、兵士たちに動揺の色が走る。

 僕たちにしたことを覚えているのだろう。

 族長の手をそっと押し戻してから、僕はいつの間にか背後に立っていたディムナーテに小さく頷いて見せる。

 すると、さほど時をおかずに、彼女がモラティオ子爵ししゃくの息子──オリヴァールを引き連れてきた。


「オリヴァールよ! よくぞ無事で!」


 だが、オリヴァールの反応はやや冷めていた。


「父上っ! なぜ、徹底抗戦てっていこうせんなさらなかったのです!」

「そ、それは、お前の身を案じて……」


 さらにオリヴァールは周りの兵士たちにも言葉の矛先を向ける。


「オマエらもだっ! あっさりと《森の民》どもの口車くちぐるまに乗りおって! この先、オマエらはこの蛮族ばんぞくどもに頭を下げて生きていくつもりなのか!?」


 さすがに僕は呆れてしまった。


「そーいう態度だから、こういう事態を招いちゃうんじゃない」

「なんだと!?」

「ヒドいことしてたのって、僕たちに対してだけじゃなかったみたいじゃん。進軍しながらいろいろな人に話を聞いてきたけど、ハッキリ言ってスゴく評判悪かったよ、あなたたち親子」

「それがどうした!? 父上はこの州の領主、そして、俺が次期領主だ! 思うがままに動かしてなにが悪い!」

「態度が悪い!」


 そう言って笑いながら話を混ぜ返すフェンナーテ。


「本当は『顔が悪い』って言ってやりたかったけど、他人の外見をあげつらうのはカッコ悪いからな」

「貴様ぁっ!!」


 縄に繋がれたまま身をよじらせて、フェンナーテに掴みかかろうとするオリヴァールだったが、フェンナーテはヒョイと後ろに飛び退くと、身軽に片足で貴族の少年の足を払ってしまう。


「ぶべぇっ!」


 不様に地面に倒れ込むオリヴァール。

 僕は小さく息を吸い込んで、声を整えた。


「今、この時点をもって、《セネリアル州》はこの僕──ノクト・エル・ドランクブルムの統治下に置くこととする。なお、当面の間、実際の政務は《オクリヴィジニス》執政官のステューディア女史じょし、軍務は女史配下のファスクルンきょうゆだねるとする」


 子爵ししゃくたちを拘束していた兵士たちが次々と、僕に向かって賛同の意を示す。

 その様子を見届けてから、僕は、目の前の二人に視線を落とした。


「モラティオ子爵ししゃく、それにオリヴァールきょう、あなたたちには罪を償ってもらいます」


 僕が彼らに課した罰──それは、一年間の間、強制労働に就かされた僕たちやセネリアル州の子供たちと同様に、鉱山で発掘作業に従事することだった──


 ちなみに、その後、半年を過ぎた頃に鉱山で小規模な落盤事故が発生した。

 その行方不明者の報告書の中に、二人の名前が含まれていたが、僕の心が痛むことはなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る