第14話 愚かな敵将はある意味怖い

 ◇◆◇


「ええいっ! 《オクリヴィジニス》の州兵しゅうへいどもはなにをしておるのか。《森の民》どもをわざわざ素通りさせるとは!!」


 《州都しゅうとネール》の領主館りょうしゅやかたでモラティオ子爵ししゃくが拳を振るわせて叫んでいた。

 だが、その横に並んでいるオリヴァールは、父親とは逆に冷静さを保っているように見える。


「父上、大丈夫です。これは《オクリヴィジニス》の策でしょう」


 敵が街を攻めれば立てこもって、戦力を消耗させる。

 もし、街を無視して先に進むのであれば、通り過ぎるのを待って、自分たち《ネール》の軍との間で挟撃する。

 すぐに軍を出すよう使者を送りましょう、と、ニヤリと笑う御曹司おんぞうし


「《森の民》どもは自分たちが優勢だと勘違いしているのです。すでに罠にはまっているとも知らずに」


 そもそも、この街の子爵ししゃく直轄ちょっかつ軍だけでも、《森の民》軍の三倍強の兵力がある。

 まともに正面からぶつかるだけでも粉砕可能だと、オリヴァールは自信満々といった風に胸を反らす。


「いい機会だ、この機に乗じて《森の民》どもを殲滅せんめつし、完全に屈服させる!」


 そして、モラティオ子爵ししゃくがなだめようとするの聞かず、オリヴァールは自ら軍を指揮すると言いだして、領主館りょうしゅやかたを駆け出していった。


 ◇◆◇


「と、いうわけで《ネール》まで進軍してきたわけですが」


 僕は街の外に布陣しているモラティオ子爵ししゃく直轄ちょっかつ軍を指さしてから、頭を抱えてしまう。


「バッカじゃないの、バッカじゃないの、バッカじゃないの!」


 大事なことなので三回言いました。

 この状況、街の防壁ぼうへきって持久戦に持ち込むのが定石じょうせきだろう。そして、援軍えんぐんを待って一気に攻勢に出る──

 なのにほぼ全軍で出撃してくるなんて、逆に何かあるんじゃないかって不安になっちゃうくらい。


「で、どうするんじゃ?」


 のほほーんと問いかけてくる族長に、僕は頬を引きつらせた笑みを浮かべて短く答える。


「やっちゃってください」

「ほいきた」


 族長は自ら弓を構えて、同じように弓を引き絞る《森の民》たち全員に号令ごうれいをかける。


「放て!!」


 ──ブワァッ!!


 音を立てて放たれる無数の矢、そして、そこに僕が《風霊術》で生み出した風を重ねる。


 ◇◆◇


「オリヴァール様、敵陣てきじんから矢が放たれました、おさがりください!」

「慌てるな!」


 オリヴァールは馬の背の上で手を横に振った。


「バカめ、そんな遠くからここまで矢が届くわけが──!?」


『うわああああっっ!?』


 あたりに悲鳴が交錯する。

 矢の軌道が不自然に伸びて、モラティオ子爵ししゃく直轄ちょっかつ軍の頭上へと降り注いできたのだ。


「な、なにが起きた!? ええぃ、こちらも矢を放て、て、てぇっ!!」


 自分を庇って矢を受けた兵士の身体を突き飛ばして、オリヴァールは唾を飛ばして周りの弓兵を怒鳴りつける。


「オリヴァール様、この距離では矢は届きません──」

「うるさいっ、相手の矢が届いてるじゃないかっ! だったら、こっちの矢も届くだろう!?」


 そんな無茶苦茶な、と、弓兵たちは顔を見合わせたが、重ねて命令されて渋々森の民軍めがけて矢を放つ。

 だが、それらの矢は途中で急に失速して地面へと落ちていき、その上を逆方向から《森の民》軍の第二射だいにしゃが勢いよく通り過ぎていく。


 ◇◆◇


「おー、面白いように当たるのう」


 族長がウキウキとした様子で、次々と矢を放っていく。

 僕は《風霊術》で生み出した風のコントロールに集中する。


「風の強さと向きは、こんな感じでいい?」

「おうっ、理想的な風じゃ。敵を殺すのではなく、戦闘力をぐのが目的というのなら、これで十分じゃ」


 遠目でも子爵ししゃく軍の騎士きしや兵士たちが次々と倒れていくのが見える。

 そろそろ、敵も不利を悟って街の中へ撤退てったいする頃合いだろう。そのタイミングに合わせて、こちらも一気に突撃し、街門がいもんを突破する──


「ええ!?」


 僕は、思わず声を上げてしまった。

 なんと、敵はこちらからの矢が降り注ぐ中、突撃を開始してきたのだ。

 族長も呆れたようにため息をつく。


「こりゃまた、なんと無謀な……だが、こちらの手を緩めるワケにもいかんでな」


 その族長の言葉に僕は頷き返し、一際強い風を突撃してくる子爵ししゃく軍へ向かって吹かせていく。


「水平射撃──放てぇぃっ!!」


 族長の攻撃とともに《森の民》たちから何度目かの斉射せいしゃが行われる。

 僕の起こした強風が向かい風となって、動きを鈍らせる子爵ししゃく軍。

 そこへ、容赦ようしゃなく僕が生み出した追い風に乗って《森の民》の矢が次々と打ち込まれ、突き刺さっていく。


「うぎゃぁぁっ!」

「誰か、この矢を抜いてくれ──!」

「痛い、痛い、痛い……っ!」


 子爵ししゃく軍は阿鼻叫喚あびきょうかんに包まれ、この時点で完全に崩壊してしまった。


「今だっ、突撃っ!」


 僕が声を上げると、族長とフェンナーテを先頭に《森の民》軍の先頭部隊が逃げていく子爵ししゃく軍を追い越し、あっさりと街門がいもんを制圧してしまう。

 結果、行き場を失った子爵ししゃく軍の一部は逃亡し、それ以外の負傷兵を含む大半は武器を捨てて投降してきた。


「いやー、《風の英雄》と弓矢の遠距離攻撃って相性いいなぁ」


 フェンナーテのゲームの攻略法みたいなセリフに苦笑する僕。

 実際のところ、この戦闘で使った《風霊術》は僕にとっては基礎中の基礎ともいえる入門レベルなのだが、あえて口にはしなかった。

 それよりも、今は、目の前に引き出されてきた少年に対応しなければならない。


「──モラティオ子爵ししゃくの長男、オリヴァール殿でしたね」


 僕は感情を押し殺した声で、目の前にひざまずかされたオリヴァールに声をかける。

 矢を受けた肩の傷が痛むのか、顔には脂汗あぶらあせが流れ、苦悶くもんの表情を浮かべている。

 そんな様子を見かねたのか、馬車の中にいた子供たちの一人、プリーシアが他の子供たちの制止を振り切って、オリヴァールの元へと駆け寄ってきた。


「なにを……する気だ……」


 その問いには答えず、プリーシアは首にかけた《神聖銀オリハルコン》のペンダントに右手を添え、反対の左手をオリヴァールの肩の傷口へとかざした。


「《神聖術しんせいじゅつ》か、余計な真似を──」


 オリヴァールが憎々しげに呟く。

 プリーシアがかざした手から、あたたかい光があふれ出し、オリヴァールの矢傷を癒していった。

 ちなみに、《神聖術》を使えるのはプリーシアだけではない。僕とともに逃亡の旅を続けていた元大貴族の少年少女たち、その全員が《精霊術》か《神聖術》、どちらかの才能を持っていた。

 《森の都》滞在時に、それぞれ、《精霊銀ミスリル》や《神聖銀オリハルコン》の《装神具そうしんぐ》を譲り受けることで、今では基本レベルの術は扱えるようになっている。


「ありがと、できたら、みんなと他の兵士たちの治療も手伝ってあげてくれるかな」


 僕はプリーシアの頭をそっと撫でてから小さく礼を言う。

 少女の顔がパァッと明るくなり、勢いよく頷いて馬車へと戻っていった。

 それからあらためて、オリヴァールへと向き直る。


「お会いするのは二度目ですね」


 あえて見下すような笑みを浮かべる僕の態度に、怯えるような表情を見せるオリヴァール。


「あの時は悪かった、本当に悪気わるぎはなかったんだ、頼む、許してくれ……」


 地面に視線を落として許しをうオリヴァールの姿に、馬車の上から罵声ばせいを飛ばしていた一部の子供たちも同情してしまったのか、困惑の表情へと変わってしまう。

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