第二章 辺境で僕たちは起ちあがる

第6話 僕たちは負けない

 洞窟どうくつの中は思ったより広かった。

 鉄格子てつごうしめられた外と繋がる出口の前に、大人が何人も立ったまま入れるくらいの空間があり、そこを居住空間に決める。

 さらに、少し奥へ進んだ場所には地下水が湧き出て川になっているところがあったので、飲み水や衛生管理的な問題もクリアできそうだった。

 最低限の住環境は確保できそうだ──僕はホッと一息ついてから、外に会話が聞こえないよう《風霊術》で風の幕を張った上で、子供たちを集めて、今後の方針を説明する。


「僕たちは、このままこの洞窟の中で倒れるわけにはいかない、そうだろう?」


 僕の問いかけに、表情は異なれど、次々とうなずいていく少年少女たち。

 今、この洞窟の中にいるのは、僕を含めた十三人の少年少女。


 一番年上なのが、まもなく十五歳の誕生日を迎える僕──冷血宰相れいけつさいしょうことドランクブルム公爵こうしゃくの末子、ノクト・エル・ドランクブルム。

 次いで、十三歳の気の強そうな表情の金髪緑眼の少年──財務卿ざいむきょうセレーロ伯爵はくしゃくの長子、エクウス。

 同じく十三歳の清楚な雰囲気の黒髪の姫君──司法卿しほうきょうイシュータ子爵ししゃくの末娘プリーシア。

 整った顔立ちながらも、瞳に憎しみの炎をチラつかせている双子の姉弟きょうだい──オディウム男爵だんしゃく家のフラーシャとフラン。

 続けて年齢順に、マースベル、ティグリス、バークァル、レイファス、ドラックァ、サーミィ、オーヴィー、シーミャ。

 後に《トルーナ解放の十三将》と呼ばれることになる面々なのだが、僕も含めて、この時点でそんな未来を予見していた子供は誰ひとりとしていない。


「絶対にここから出て、母上や父上たちをあんな目にあわせたヤツらにむくいをくれてやるんだ」


 エクウスが金髪を震わせながら拳を強く握る。

 プリーシアも静かに声を押し出した。


「わたしたちには、まだ力がたりない。でも、ノクトさまなら、わたしたちを導いてくれるのでしょう」

「ノクト、でいいよ」


 そう言ってから、僕はさらに顔を近づける。


「僕たちは運命共同体だ。互いに助け合う仲間になるんだ」


 みんなはひとりのために、ひとりはみんなのために──どこかで聞いたことがあるフレーズをスローガンとして、みんなに言い含める。


「もちろん、僕たちは貴族の家に生まれた以上、それぞれの家同士の確執かくしつとかもあったかもしれない。でも、今はそんなプライドは捨てるんだ。僕たちひとりひとりの行動がみんなの命に直結する、そのことは忘れないでいてほしい」


 正直、これは賭けだ。

 この少年少女たちの中から、ひとりでも裏切り者が出てしまったら、その時点でゲームオーバーなのだ。

 見張りに密告されれば、革命軍への反乱の意思有りとして、処刑の口実を与えてしまう。

 だけど、僕は、みんなの瞳をひとりひとり見つめて決断した。


 ここにいる全員が、自分たちをこのような状況におとしいれた革命軍を憎んでいる。

 まだ、三歳になったばかりのシーミャまでも。


「まずは、みんなで生き延びることを考えよう」


 ○


 こうして、洞窟の中での生活がはじまった。


 洞窟の中からは、すでに掘られたいくつもの細い坑道に繋がっており、僕たちは掘削くっさく用具を手に持ち、腰に命綱いのちづなを巻き付けて、それぞれ坑道へと潜り込んで岩盤がんばんを削っていくことになる。


「じゃ、サーミィ、あとは頼むね。オーヴィとシーミャのこともよろしく」


 なかなか僕の袖を離そうとしない五歳のオーヴィと最年少のミーシャの頭を撫でてやってから、七歳のサーミィの元へと軽く押しやる。


「わかりました、でも、みんなはやくかえってきてね」


 オーヴィとミーシャの二人を抱きかかえるような格好で、不安を隠しきれない様子だったが、気丈きじょうに僕たちを見送ってくれるサーミィ。

 僕は軽く手を振って笑ってみせてから、残りの面々とともに洞窟の奥、坑道へと向かっていく。

 見張りの兵士から言い渡された内容によると、この坑道からは《七曜石ラクリマリス》が出土するとのことだった。

 《七曜石ラクリマリス》は様々な色の光を放つ、宝石の女王とも呼ばれる貴重な石だ。この貧しい辺境の経済を支える数少ない産出物のひとつでもある。


「……でも、《七曜石ラクリマリス》って、こんな、細い坑道でしか、掘り出すことが、できない、ん、だよ、ね」


 僕は狭い坑道を四つん這いになって進んでいく。

 《七曜石ラクリマリス》を産出する場所は岩盤が弱い箇所が多く、大規模な坑道を掘削くっさくすることができないのだ。

 なので、昔から子供たちを採掘につかうことが普通に行われており、それにともなう悲惨な事故も起きていた。


「みんな、無事で、負けるな、頑張れ……」


 坑道の先端で石や土を削り取りつつ、僕は同時に《風霊術》を発動させていた。

 坑道に潜っているみんなのもとに、外からの新鮮な空気を送り届けること。そして、互いの声を風に乗せて、常にコミュニケーションを取ること。

 こんな狭くて暗い場所でひとりで不毛とも思える採掘作業をしていたら、絶対に精神が参ってしまう。それを避けるための苦肉の策だったのだが、思っていた以上の効果を発揮した。


「こんなとこから早く脱出して、《ファグス》を腹一杯食べてやるんだ」

「って、ティグリスって、そんなゲテモノ料理が好物なの? さすがに引く……」

「《ファグス》って、アレだっけ、羊の内臓を胃袋に詰めたゲテモノ料理」

「うるさいな、好物なんて人それぞれだろ。というか、ゲテモノ料理とか、《ファグス》に失礼だろ」


 同じ、九歳の男の子三人──ティグリス、パークァル、レイファスが、いつの間にか意気投合したのか、作業をしながら賑やかに喋りまくるのだ。

 その内容と様子に、僕を含めた他の面々も影響され、次第に明るさを取り戻していく。


 ○


 その日、僕たちはいつもにもまして上機嫌になっていた。

 普段なら一個見つかっただけでラッキーとも言える《七曜石ラクリマリス》が、三個も掘り出されたのだ。

 《七曜石ラクリマリス》を一個見つけただけでも、報酬として配給される食糧が増量される。

 それを三つも掘り出してきたのだ。

 実際に見つけ出したティグリス、パークァル、レイファスの三人組はウキウキした様子を隠しきれないでいた。

 そんな様子を横目に見て、苦笑してしまう僕。

 とりあえず、預かった《七曜石ラクリマリス》を見張りの兵士に渡そうと、鉄格子てつごうしへと近づく。


「今日の分の発掘物です、《七曜石ラクリマリス》が三個も……?」


 僕はそこまで言いかけてから、目の前に立っている人間が、いつもの監視役の兵士ではなく、高価そうな絹の服を身に纏った同い年くらい……いや、少し年上の少年であることに気づいた。


「君は……?」


 そう問いかけると、少年はさげすむような笑みを僕へ向けてくる。


「さすがは栄華えいがきわめた冷血宰相れいけつさいしょうのご子息、俺のような下級貴族の存在なんて眼中がんちゅうにないんだろうな」

「あっ──!?」


 少年は、鉄格子てつごうしの間から手を伸ばしてきて、兵士に渡そうとしていた《七曜石ラクリマリス》を僕の手の上からひったくった。


「奴隷の身分へと堕ちたオマエらに名乗る意味もないんだろうが、ご主人様の名前くらいは知っておくべきだろうからな──俺の名前はオリヴァール、この《セネリアル州》を治めるモラティオ子爵ししゃく家の長男だ」

「モラティオ子爵……」


 確かに《セネリアル州》の領主はモラティオ子爵だった。

 だが、知っているのは子爵本人の名前だけで、ましてや、その一族全員など記憶の外だ。

 そもそも、十五歳の誕生日前で社交界しゃこうかいデビュー前だったこともあり、もちろん、面識めんしきもない。

 反応に困って戸惑とまどう僕。

 すると、その態度にイラついたのか、オリヴァールは突然、手にした《七曜石ラクリマリス》を洞窟の外の森の中へと投げ捨てた。


『あーっ!?』


 洞窟の中に子供たちの悲痛な叫びがこだまする。

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