46.誓いのリング
花凛の実家へ訪れた正司。
突然始まった姉妹料理対決も終わり、再び夕食を囲みながら皆が雑談をする。
(本当に美味そうに食べるんだな……)
花凛が作った料理を笑顔でずっと食べている正司を見て、父親である社長が思う。その様子を同じく温かな目で見ていた母親が正司に言う。
「ねえ、橘さん。今日はもう遅いから泊まって行くんでしょ?」
「え?」
箸を持っていた手が止まる。すぐに花凛が賛同する。
「それがいいよ! もう暗いし、アパート帰るの大変だよ!!」
美香も賛成する。
「いいねいいね。正司お兄ちゃんと一緒にお風呂入りたい!」
(はあ!?)
恋人対決で姉に負けた美香が、今度は『妹作戦』に出た。びっくりして箸を落としそうになる正司。母親がすぐに言う。
「こら、美香!!」
さすがにこれは許容できない。
娘の彼氏とは言え、高校生である美香とおっさんが一緒に風呂に入るのはまずい。花凛が正司の頬をつねって言う。
「しょーくん。一体何を想像しているのかな~?」
ゆっくりとした言葉。低い声。言い方は優しいが圧がすごい。正司が慌てて答える。
「ば、馬鹿だな。美香ちゃんの冗談にいちいちそんな反応するなよ」
「えー、美香はお兄ちゃんと一緒に入りたいなあ」
「美香っ!!」
花凛が怒った声で言う。
「きゃー、お姉ちゃん怖~い!!」
大袈裟に言う美香に皆が声を出して笑った。
「ああ、たくさん食べた! ごちそうさま、お腹いっぱいだよ!!」
花凛の料理をほぼひとりで食べた正司。まるでお腹を空かせた子供の様にたくさん食べる正司に両親も自然と笑顔になる。
花凛がポッコリと膨れた正司のお腹を撫でながら言う。
「うわー、すごいお腹。しょーくん、ちょっと散歩にでも行かない?」
「ん、散歩?」
頷く花凛。
「そうだな、最近運動不足だしこの辺りも全然知らないし。いいかもな」
「私も行くー!!」
美香が手を上げて言う。母親がそれを制すように言う。
「あなたはダメ。邪魔しないの!!」
「なんでよぉ……」
不満そうな顔で美香がひとりつぶやいた。
「寒いね~、しょーくん」
「うん、冷える冷える」
夕食を終えたふたりが外に出て歩き始める。
空はもう真っ暗。田舎である花凛の実家は、道にところどころ明かりがある程度で街に比べるととても暗い。田舎道を歩きながら花凛が正司のコートの中に手を入れる。
「ここ、温かい~」
「か、花凛!?」
正司に密着して歩く花凛がコートのポケットの中で手を繋ぐ。
(花凛……)
暗闇の中、彼女の頬がうっすらと赤くなっているのが分かる。花凛が言う。
「ねえ、その先にね、景色が良い丘があるんだよ。行ってみようよ」
「うん、いいね。行こ!」
ふたりは肩を寄せ合って歩き出す。
暗い夜道。丘に近付くにつれ増える木々。静かな闇の中、ふたりの歩く音だけが闇に響く。
「うわー、綺麗だね!」
丘の上はちょっとした広場になっており、子供用の遊具やベンチなどが置かれている。広場の先は街を見渡せるようになっている。
「いい眺めだ」
「ほんと。久し振りに来たけど変わってないなあ」
ふたりは街の景色を見ながらベンチに座る。
田舎なのでそれほど多くはない街の明かり。暗闇にまばらに光っている程度だ。花凛が正司に寄り添い、肩に頭をもたれ掛けながら言う。
「しょーくん、ありがとね」
「何が?」
「うちに来てくれて」
「うん……」
花凛が正司の手を握り指でつつきながら言う。
「ちょっと怖かったんだ。しょーくんが来てくれなかったらどうしよって」
「うん、勇気いったよ。やっぱ」
「そうだよね~、両親に会うんだから」
花凛の正司を握る手が少し強くなる。
「花凛は知ってたんだ。お父さんと仕事するの」
「うん、この間帰った時に」
「そうか」
花凛の握る手が強くなる。
「ありがとう。お父さんを助けてくれて」
「うん。だけど花凛の家じゃなくても仕事は出していた。いい工場だよ、本当に」
「うん、でもしょーくんには本当お礼たくさんしなきゃ」
「お礼?」
「そうだよ。しょーくんが私の料理を食べてくれて『美味しい美味しい』って言ってくれる度に、『ああ生きていていいんだな』『また料理を作ってもいいだなあ』って思えるの」
「当たり前じゃないか」
正司が花凛の顔を見て言う。花凛がにこっと笑って答える。
「当たり前じゃないんだよ。しょーくんが初めて。しょーくんだけが認めてくれた。本当に感謝してるんだよ」
そう言って花凛の目から涙がこぼれる。
大好きな料理を作っては
「しょーくんにご飯を作ってあげられることが本当に嬉しくて……」
涙を流す花凛を正司が優しく抱きしめて言う。
「お礼を言わなければならないのは俺の方だよ」
「しょーくん?」
「子供の頃から何度この舌を呪ったことか。みんなと違う。どうして俺だけこんなん目に遭わなきゃいけないんだって」
正司に抱きしめられた花凛が小さく頷く。
「死のうと思ったこともあってさ。もうすべてが嫌で嫌で」
「しょーくん……」
花凛が小さく言う。
「まあ、さすがに大人になってからはそんな気持ちは無くてもう半分諦めていたんだけどね。でも、それを救ってくれたのが花凛なんだ」
「うん……」
「俺に食べ物の味、食べることの楽しさ、食卓を囲んで笑い合う幸せを教えてくれた。やっと人になれたような気がする」
「良かった……」
正司が花凛に向かって、両肩を掴んで言う。
「花凛、ずっと俺と一緒にいて欲しい。ずっと一緒に……」
花凛が目を赤くして答える。
「うん、嬉しいよ。でもしょーくん、モテるから花凛、心配なんだよ」
「俺が、モテる?」
意味が分からない正司。花凛が言う。
「あのみこさんって人、きっとしょーくんのことが好きなんだよ」
「え? みこが? だってもう別れたはずだし……」
「彼女はそうは思っていないよ、きっと」
「そう言われてもなあ……」
花凛がさらに続ける。
「それに美香だって。いつの間にあんなに仲良くなったの??」
「あれは知らない。本当に!!」
「どーなのかな~、しょーくん、浮気性だし」
「花凛、浮気なんてしないよ。信じてって」
「じゃあちゃんと約束して。私だけを見るって」
「あ、ああ……」
困り果てた正司。その時ズボンのポケットに入った何かに正司の手が当たる。正司はすぐにそれを取り出し花凛に言う。
「手、出してみて」
「手?」
言われた花凛が正司にそっと指を差しだす。
「はい、これ」
「え?」
それはぴったり花凛の指にはまった銀色のリング。先程父との会話の中で正司に渡された仕事のサンプル。装飾も何もない無機質な指輪だが、街からの微かな明かりを受けて小さな光を放っている。
正司が花凛の手を取り、真剣な顔でその目を見て言う。
「あなたを幸せにします。俺と結婚してくれませんか」
「しょぉ、くぅん……」
花凛の目から涙がぼろぼろと溢れ出す。
指にはめられたリングを何度も撫でながら思う。
(これがうちを救ってくれた指輪。まるでお父さんからも祝福されているみたいだよぉ……)
「ごめんな、こんなんで。大学卒業したらきちんとしたのを買うから」
花凛が首を左右に振って言う。
「ううん、これでいい。これでいいよ。最高の指輪だよ……」
花凛が大事そうにリングを撫でて言う。正司が花凛を抱きしめて言う。
「花凛は本当に可愛い子だ。可愛くて可愛くて、本当に可愛い」
「何それ~、恥ずかしいよぉ」
そう言いながらも満面の笑みで正司を抱き返す花凛。
「しょーくんは花凛の夢を叶えてくれている。笑顔で一緒にご飯を食べて、食卓を囲んで、後はたくさん子供を……」
そこまで言って花凛は急に恥ずかしくなって口籠る。正司が花凛の顔を見つめて悪戯っぽく言う。
「子供を、なに?」
「しょ、しょーくん!!」
恥ずかしさに耐えきれなくなった花凛が正司を手で叩く。
「あはははっ、ごめんごめん!!」
花凛が正司の手を自分の胸に置きながら小さく言う。
「今夜、……作っちゃう?」
「へ?」
今度は正司が驚いて固まる。花凛が恥ずかしそうに言う。
「今日、うちに泊まって行くよね」
「あ、うん……」
「花凛のベッドで一緒に寝よ」
「え?」
花凛が正司の顔に手を添えて言う。
「一緒に寝て、作っちゃおうか……」
動揺しまくる正司が言う。
「え、だ、だってそう言うのは結婚してからじゃ……」
花凛が指にはめられたリングを見せて言う。
「こんなことされたら、花凛もう我慢できないよぉ……」
「ちょ、ちょっと、花凛ん!?」
そう言って正司の唇に自分の唇を重ねる花凛。
甘い口づけ。とろけるようなねっとりとした口づけ。正司もそれに応えるように花凛を抱きしめ唇を重ねる。
「しょーくぅん」
「なに?」
腕の中で正司を見上げる花凛が幸せそうな顔で言う。
「大好きだよ」
「ああ、俺も」
正司が花凛をぎゅっと抱きしめて言う。
「たーくさん、子供作ろうな」
「もー、しょーくんのえっち!!」
正司は照れながら怒って笑う花凛を心の底から可愛いと思った。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今話にて完結となります。
花凛と正司のお話を最後までお読み頂きまして、本当にありがとうございました!!
味覚オンチな俺の隣に越してきた料理下手女子の料理をホメたら、ヤンデレ女子に変わっちゃったので毎日いちゃつきます!! サイトウ純蒼 @junso32
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