44.姉妹対決!!

 師走の駅構内。冷たい空気を感じながらたくさんの人が行き交う。

 特に今日は寒気の流れ込みにより一段と寒さが厳しい。歩く人達もダウンやコート、マフラーなどを首に巻き寒そうにしている人が目立つ。



「寒いね~、しょーくん」


「うん」


 花凛はアパートを出てからずっと正司の腕にしがみついている。風に吹かれて彼女のさらさらの黒髪がなびき、時々色っぽいうなじが見え隠れする。



(俺みたいなおっさんが……)


 行き交う男達がちらちらと自分の腕にしがみつく花凛を見て行く。

 これだけの人がいながらも彼女の可愛さ、可憐さは抜きんでており否が応でも皆の目を引く。



(花凛……)


 正司が隣にいる花凛を見つめる。

 今は普通の顔。でも自分の部屋にいる時だけに見せる甘くとろけるような顔は誰も知らない。正司はこんな若い子に本当に骨抜きにされてしまったんだなとひとり苦笑した。





「ねえ、しょーくん。緊張する?」


 花凛の実家の最寄り駅で降りゆっくりと歩くふたり。腕を組む花凛が正司に尋ねた。正司が頷いて答える。


「そりゃ、ね……」


 彼女のご両親に挨拶に行くのに緊張しない男などいない。しかも向こうは多分知らないようだけど、既に何度も会っている仲。正司は腕を組む花凛を見て一体彼女はどこまで知っているのだろうかと疑問に思う。



「あ、見えてきた! あれだよ、しょーくん!!」


 渡辺製作所が見えてくると花凛はとんとんと前に走り出し笑顔でそれを指差して言った。



「うん、そうだね……」


 実家が工場を営んでいることは直接彼女の口から聞いている。だから驚く必要もないのだが、改めて『娘の彼氏』として訪れて見つめる工場はやはり違った景色に見える。





 一方の渡辺家は朝から異様な空気に包まれていた。


「あなた、今日は花凛のお相手の人がいらっしゃるんですよ。ちゃんとしてくださいね」


 朝起きてから無言だった父親が口を開く。


「なにが『ちゃんと』だ。俺はいつもちゃんとしているぞ」


「そういう態度がちゃんとしていないって言ってるですよ」


「うるさい!」


 花凛の父親はやはり不機嫌であった。

 まだ大学生の娘。なぜいきなりそんな男を連れて来るのか理解できない。



(せっかく仕事が上手く行き始めたというのに水を差すようなことを……)


 父親は不満そうな顔をして朝食を食べ始める。一緒に座っていた娘の美香が笑顔で言う。



「お姉ちゃんの彼氏って、どんな人かな~?」


「さあね~、楽しみね。どんな人か」


「でもお姉ちゃんが連れて来るってことは、をクリアした人なんだよね?」


 母親も頷いて言う。



「そうよね。そんな人に巡り合えたのかしら」



「あー、楽しみっ!!」


 楽しそうに会話する女ふたりを父親は不機嫌そうに見つめた。






「ただいまー!!」


 正司とふたり、実家に帰って来た花凛が、工場の隣に立つ自宅の玄関のドアを勢い良く開ける。


「おかえりなさい!」


 奥から花凛の母親が小走りでやって来る。花凛から帰省の連絡を受けてからずっとそわそわしていた母親。後ろをついて来る娘の美香もわくわくしながら玄関へと向かう。



「おかえり、お姉ちゃ……、あれっ!?」


 母親、そして妹の美香が姉の後ろに立つ人物を見て固まる。母親が驚いた顔で言う。



「た、橘さん?」


「どうも……」



「正司さん、どうしたの??」


 さすがの美香も驚きを隠せない。母親が言う。



「あれ、今日ってご訪問の日でしたか? 土曜日?? え、ここはうちで、あ、花凛と会って一緒に!?」


 驚きと混乱で頭の整理がつかない母親。そんなふたりに花凛は正司の腕を組んで言う。



「私の彼氏、橘正司さんです!」



「え、ええええええっ!!!???」


 驚きで腰を抜かしそうになる母親。美香も口を開けたまま固まっている。



「うそ、何かの冗談でしょ……?」


 その言葉を信じられない母親が目をぱちぱちさせながら尋ねる。花凛が正司の腕に絡みついて言う。



「ホントだよー、ね、!!」



 ――しょーくん!?


 工場うちを救ってくれたS商事の橘課長を、『しょーくん』呼ばわりするってことは……



「ほ、本当に付き合ってるの?」


 まだ信じようとしない妹の美香に対して花凛が正司に言う。


「付き合ってるよねー、橘!!」



(あっ)


 それを聞いた瞬間、正司は花凛は全てのことを知っているのだと理解した。正司が言う。



「はい、花凛さんとお付き合いさせて頂いています。驚かせてすみません」


 そう言って深く頭を下げる。母親が驚いて答える。


「あ、いえ、そんなことは決して……、ささ、どうぞお上がりください」


「はい、ではお邪魔します」


 そう言って部屋に上がろうとする正司に美香が袖を引っ張って尋ねる。



「正司さん、本当にお姉ちゃんと付き合ってるんですか……?」


 正司が立ち止まり答える。


「うん、そうだよ」


 それを見た花凛がむっとして美香に言う。



「ちょっと、美香! どうしてしょーくんのこと知ってるの? なんで『正司さん』なんて呼んでるのよ!!」


 美香も同じくむっとした顔で言う。



「どうしてって、正司さんは正司さんでしょ? この前うちに上がってくれて一緒に夕食食べたんだから。美香の手作りの!」


「え?」


 そんなこと聞いていない花凛。組んでいた正司の腕をぐっと自分の方に寄せ頬を大きく膨らませて言う。



「しょーくん!!」


「あ、はい……」


「どういうことよ!! うちに来てご飯食べたって!!」


 正司が慌てて答える。


「いや、前に商談で来て話が長くなって、それで社長に夕飯食べて行けって誘われて……」


 花凛が腕組みして納得いかない顔で言う。


「しょーくんは話が遅くなったら、にご飯誘われたら付いていくんだ。へえ~」


「ちょ、それは全然違うだろ……」


 正司は既に花凛の思考回路が正常に働いていないことに気付く。今の状態では理詰めで話しても逆効果。美香が言う。



「お姉ちゃん、違うよ。本当にお父さんが誘って……」


「美香は黙ってて!!」


 普段優しい姉の怒りに触れ美香がしゅんとなる。やむを得ず正司が行動に出る。



「花凛」


「え?」


 名前を呼ばれた花凛が一瞬意識を正司に向ける。

 正司はすっと花凛の耳元に顔を寄せ、内緒話をするかのように手を添えてから赤く火照った彼女の耳をで撫でるように舐めた。


「ひゃっ!?」


 突然の正司の攻撃に驚く花凛。

 そしてこれが彼女の弱点であり、一瞬で大人しくさせる急所。



「ふにゃぁ……」


 耳を舐められた花凛が情けない声を上げてその場に座り込む。驚いた美香が言う。


「お、お姉ちゃん!? 大丈夫??」


 目をとろんとさせて座る花凛に正司が手を貸しながら言う。



「大丈夫、ちょっと長い移動で疲れただけだから」


 美香は一体目の前で何が起こったのか、正司は姉に何をのだろうかと考えた。




「橘さんっ!!」


 娘の帰省と、S商事の橘課長がやって来たと知り、慌てて花凛の父親が駆けて来た。正司が背筋を伸ばして挨拶する。



「社長、お世話になります!!」


「た、橘さん……」


 花凛の父親は未だその光景を信じられなかった。






「しかし本当に驚いた。こんな偶然があるんだね」


 今に戻った花凛たち。皆でテーブルを囲んで色々と話をした。父親が言う。



「本当に娘の家と知らずに来ていたんだね。驚いた」


 銀行から先に紹介された時は確かに花凛の家だったとは知らない。


「花凛さんの家だったことを抜きにしても、新規プロジェクトの件はお願いするつもりでした」


 その言葉に父親が何度も頷く。正司の隣にべっとりと密着して座っていた花凛が甘い声で言う。



「しょーくん、本当にありがとう。花凛たちを助けてくれて」


 そう言って正司の腕にネコのように顔を何度も擦りつける。それを見ていた美香が言う。



「お、お姉ちゃん、いつもと全然違う……、お姉ちゃんが壊れてる……」


 あまりに普段と違う姉を見て美香が驚き戸惑う。父親が何かを思い出したように言う。



「ああ、そうだ。橘さん。見て貰いたいものがあるんですよ」


 そう言って父親が立ち上がると急いで部屋から出て行く。美香が言う。



「ねえ、お姉ちゃん。いい加減離れたら? ちょっと目障りなんだけど」


 腕にしがみ付く花凛が答える。


「なんで? しょーくんは花凛のものだよ。これが当たり前」


 なぜか勝ち誇ったような顔で花凛が答える。



「何それ。面白くない……」


 ぶすっとする妹に花凛が言う。


「美香は彼氏とかいないの?」


 高校二年の美香。姉と同じく可愛くモテないはずはない。



「いないよ。美香も正司さんと仲良くなりたい」


(へ?)


 いきなりの言葉に正司が驚く。そしてそれ以上に花凛が激怒して言う。



「な、なに言ってるのよ!! しょーくんは花凛だけのもの!!」


「そんなの分かんないでしょ!! この間だって美香のいっぱい食べてくれたし!!」


 その言葉が花凛の心に火をつける。



「じゃあ、料理勝負よ!!」


「いいわ、受けて立つ!!」


 いがみ合う姉妹を見て正司が言う。



「おいおい、ちょっとふたりとも仲良く……」



「しょーくんは食べるだけ!! いい!?」


「あ、はい……」


 もはや止められないふたりの戦い。

 正司はどうしてこうなったとひとり頭を抱えた。

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