42.花凛のお願い♡

「しょーーーーくぅん!!!!」


「ああ、おかえり、花凛んんん!? うわっ!!」


 日曜の夕方。急いで実家から帰って来た花凛は、正司のアパートのドアを開けると同時に出てきた正司に抱き着いた。そして強く強く抱き着き何度も言う。



「しょーくん、好きっ!! 好き好き大好きっ!!」


「か、花凛、どうしたの!?」


 突然の熱い抱擁に正司が驚く。花凛が正司を見つめて言う。



「なんでぇ~、花凛はしょーくんのことが大好きなだけだよ!!」


 そう言って花凛は正司にキスをする。



「うっ、かひぃん!?」


 長いキス。甘くて濃厚なキス。いつもと違う。



「しょ~くぅん……」


 ねっとりとした花凛の唇が正司の唇に絡む。酒でも入っているかのような変わりよう。正司が花凛に尋ねる。



「花凛、本当にどうかしたのか?」


 花凛は正司を見つめながら答える。



「花凛はね、嬉しいの。しょーくんに出会えて、しょーくんの彼女になれて、しょーくんと過ごせることが」


「う、うん、俺も嬉しいよ」


 正司がそう答えると、花凛は正司の手を取って自分のに押し当てる。



「か、花凛!!??」


 慌てる正司。手のひらに、花凛の柔らかくて温かい胸の感触が広がる。花凛が顔を赤らめて言う。



「花凛ね、しょーくんと居るだけでこんなに胸がどきどきしてるんだよ」


 真冬なのに、寒いはずなのに正司の全身に汗が出る。花凛はそのまま自分の耳を正司の胸に当て目を閉じて言う。



「しょーくんの胸もどきどきだ」


 それは君の大きな胸のせいだぞ、と正司が内心思う。



「あん、ううん……」


 突然、花凛が甘く色っぽい声を出す。驚いた正司が尋ねる。



「ど、どうしたの? 花凛!?」


 花凛が恥ずかしそうに頬を赤らめて上目遣いで言う。



「その、あまり手を動かさないで、くすぐったいよぉ……」



(えっ!? えええっ!!!???)


 正司は花凛の胸に当てている自分の手が、いつの間にかに微妙に動いていることに気が付く。



「うわあああっ、ご、ごめん!!!」


 そう言って胸から手を外し、すぐに花凛を抱きしめる。どくどくと鳴る心臓。抱きしめた花凛からも同じく心臓の音が聞こえる。うっとりとした顔の花凛が耳元で小さくささやく。



「もっと触ってもいいんだよ、しょーくん……」


 正司は切れかかる理性の寸前で考える。



(結婚までえっちなことはダメって言っておきながら、何なんだこの変化は? まさか試されているのか、俺!?)


 正司は柔らかい花凛を抱きしめながらひとり苦悶する。





 実家を出る前、花凛は両親に話をした。


「お父さん、お母さん。私ね、今お付き合いしている人がいるの」


「え、そうなの!?」


 驚く母親。父親は無言である。


「うん、少し年上の人。とっても良い人なんだよ」


 母親が言う。


「そう、それは良かったわね。あなたが選ぶ人ならぜひ会ってみたいわ」


「うん、今度連れて来るよ。会ってね」


 黙って聞いていた父親が口を開く。



「仕事が決まった嬉しいタイミングでお前はそう言うことを話すのか」


「あなた、花凛が私達に言うってことは、そう言うことなんですよ」


 父親は腕を組み顔を背けて言う。



「ふんっ! 俺は認めんからな。お前はまだ学生。勉強しろ。そんな男、連れて来たって渡辺家の敷居は跨がせないからな!!」


 父親は花凛にメールを打って貰ったスマホを手に取ると事務所へ帰って行った。母親が言う。



「気にしなくていいからね。お父さんには私からちゃんと言っておくから」


 にこにこと笑顔の花凛が言う。


「うん。でもきっと大丈夫だと思うよ」


「花凛?」


 母親は娘の自信ありげな笑顔の意味が分からなかった。





「ねえ、しょーくん。今度の休みにさあ、うちに一緒に行かない?」


「え?」


 日曜の夜。少し遅めの夕食を一緒に食べながら花凛が言った。



「うちって、実家のこと?」


「そうだよ」


 正司の頭に渡辺製作所の光景が浮かぶ。偶然銀行の紹介で訪れた花凛の実家。数回S商事の橘としては訪れたが、花凛の彼氏として訪れるのでは意味が違う。



「一緒に行ってくれる?」


 花凛が甘えた声で再度言う。



(花凛は知ってるのかな、俺が仕事で関わっていること……)


 何も彼女の口からは出ない。知られていても不思議じゃないし、知っていなくても不思議じゃない。


「それって……」


 正司の言葉を聞いて花凛が答える。



「そうだよ。うちの両親に会って欲しいの」


「両親……」


 仕事で会っているふたりはとてもいい人。だが『娘の彼氏』として会うとなると同じとは決して言えない。花凛がうっとりとした目で言う。



「だって、しょーくんは、花凛とずっと一緒になるんでしょ?」


「う、うん」


 迷っていても仕方がない。男として目の前の女性と生涯を共にすると決めたはず。正司が心を決める。頷く正司を見て花凛が笑顔で言う。



「良かった。花凛、嬉しいよ!」


「うん」


 花凛はその日はずっと上機嫌で終始笑顔でいた。






 翌日から正司は新規プロジェクト始動のため忙しく働いた。

 各種打ち合わせや調整、挨拶に部下の管理とこれまで以上に精を出して仕事に取り組む。


(これもすべて花凛のため。彼女の笑顔の為なら俺は何だってやるっ!!!)


 動機としては不純であったかもしれないが、逆にそれが普段の正司の実力以上の力を発揮していた。



(すごい気迫だな、橘……)


 遠くでその様子を見ていた部長が正司の動きに感心する。

 その部長に部下が、今回問題になっているKY工業の不正に関する損害額の報告にやって来た。部長がその資料に目を通し眉間に皺を寄せて言う。



「酷いことだな、これは」


 予想以上の損害。賠償請求は後程するとして、上層部で決まったKY工業のとの取引停止を通告しなければならない。



「橘っ」


「はい」


 部長に呼ばれた正司が部長の元へと移動する。部長が言う。



「KY工業との取引停止が正式に決まった。これがうちの損害額。通達、頼むぞ」


 そう言って部長はその大きな金額が書かれた書類を正司に手渡した。



「はい」


 正司はその書類を受け取り頭を下げて自席へと戻る。



(じゃあ、行くか。KY工業)


 正司は書類の整理をしカバンを持つと、ひとり社用車に乗って車を走らせた。

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