28.君を愛してる。

「しょーくん、見て見て! 乳しぼり体験もできるって!!」


 ソフトクリームを一緒に食べた後、建物内にあった『乳しぼり体験』と言うポスターを見て花凛が興奮気味に言う。

 牧場内で飼育されている乳牛の乳しぼり、定番の体験ものである。



「花凛は興味あるの?」


 頷いて花凛が答える。


「うん、料理好きとしてはやっぱり食材がどうやってとれるのかって知っておきたいし」


「なるほど」


 食材嫌いの正司とは真逆の感覚。出来ればそんなもの見たくはないと思ったが、既に受付に並び始めている花凛を見て正司も一緒に参加することにした。




「親指と人さし指で乳頭のつけねをおさえてから、順番に指を握るようにしてくださいね」


 指導員のおばちゃんの指示の下、牛の前に屈んだ花凛が真剣に乳しぼりに挑戦する。


「温かい……」


 不慣れな手つきで恐る恐る乳を搾る花凛。少し出てた生乳を見て一喜一憂している。



「はい、じゃあさんもどうぞ」


(え?)



 指導員のおばちゃんは正司を当然の様にそう呼び、乳しぼりをさせようとする。それを聞いた花凛が満面の笑みになって正司の肩を叩いて言う。



「頑張ってね、


「うっ、あ、ああ……」


 すでに奥様気取りである。そんなに夫婦に見えるのかなと思いつつ、正司が乳しぼりを始める。しかしそんな上機嫌だった花凛だが、正司が乳しぼりを始めると次第に機嫌が悪くなっていく。




「はあ、終わった。なんか変に力んじゃって疲れたよ……」


 ようやく仕事を終えた正司が振り返って花凛を見るとなぜか怒ってこちらを見ている。正司はその豹変した顔に後ずさりするほど驚いた。



「か、花凛……??」


 名前を呼ばれた花凛がぷいと顔を背けて別の場所に歩き出す。意味が分からない正司が慌てて後を追う。



「ちょ、ちょっと花凛。どうしたんだよ!!」


 一体何が起こったのか分からない。走って花凛の肩を掴み声を掛けると、花凛は不満そうに言った。



「そんなにに触って楽しかったの?」


「は? な、なんのこと?」


 意味が分からない。楽しいどころか疲れただけである。



の乳に触って、なに、そのだらしない顔」


「は? はあああ!? ちょ、ちょっと待てって……」


 正司が青ざめて思う。



(まさか、まさか、花凛は、に嫉妬しているのか!!??)



「か、花凛。あれは牛だぞ? 何を言ってるんだ??」


 花凛は口を尖らせたまま不満そうに言う。



「同じでしょ! 女の乳を触っていたのは同じ。面白くないっ」


「いや、女じゃなくて、雌だろ? 牛だぞ、あれ……」



 花凛が正司の顔をじっと見つめて言う。



「触って」



「へ? な、何を……?」


 戸惑う正司の手を握り花凛が言う。



「花凛も触ってよ」


 そう言って自分の大きな胸へ正司の手を当てようとする。



「ちょ、ちょっと、花凛!! ここはみんなが……、あっ……」


 そんなことはお構いなしに花凛は正司の手を胸に押し当てる。ざわざわと騒がしい牧場建屋の中。そんなふたりの行動に気付くものは幸いいなかった。



「か、花凛っ!!」


 慌てて手を引っ込めた正司が言う。花凛がはにかんで言う。



「しょーくんのえっち」


「は、はああぁ……」


 正司はその場に座り込みそうになるのを必死に堪えた。






「気持ちいいねえ~!!」


「うん、気持ちいい」


 ふたりはその後、牧場へと歩き出す。

 広い草原。青い空。少し歩けば広大な海が広がっている。



「時々無性に、なんて言うか大きなものが見たくなるんだよね~」


 花凛が空を見上げてひとりつぶやく。


「そうだね。なんか小さなことがどうでも良く思えて来る」


 正司もそれに賛同して答える。

 海からの風が草原に立つ花凛のスカートをひらひらとなびかせる。草原に立つ少女。それは花凛が思っている以上に絵になる光景である。



「ん? どうしたの、しょーくん。ずっと見つめて?」


 正司の視線に気付いた花凛が尋ねる。



「ううん、何でもない」


 話そうとしない正司に花凛がむっとして言う。



「あー、隠し事!! 花凛に隠し事してるーっ!!」


「ち、違うよ! そんなんじゃないよ!!」


「じゃー教えろー!!」


 そう言って正司に詰め寄る花凛。咄嗟に逃げようとする正司。



「あ、逃げた!? 待てー!!」


 花凛が走り出した正司を追いかける。その瞬間、花凛の足が滑る。



「きゃっ!!」


 慣れない皮のブーツ。草原で、しかも急に走り出したせいで花凛が姿勢を崩す。



「花凛っ!!」


 咄嗟に正司が駆け寄り倒れそうな花凛の体を両手で受け止めた。



「しょーくぅん……」


 正司に抱かれるよになった花凛。その腕の中で正司の顔をじっと見つめる。正司はお姫様抱っこのように花凛を持ち上げて言う。



「花凛、つーかまえた!!」


 花凛は恥ずかしさで顔を赤らめながら答える。



「うん、つかまっちゃった」




(あれ……?)



 その瞬間、花凛の脳裏に同じ光景が蘇る。



(これって、どこかで見たような……、あ、あの時の夢……)


 それは正司が出張に行き、寂しさの中で見た正司の夢。花凛はどきどきしながら思う。


(正夢だったんだ、あれ……)



 花凛が正司に抱かれながら尋ねる。



「ねえ、しょーくん」


「ん? なに?」


 正司は腕の中でこちらを見つめる花凛に答える。



「しょーくん、分かるかな? この後、なにするかって……?」


「この後?」


「うん」


 正司が一瞬考えて答える。



「分かるよ」


「ほんと? じゃあなに?」



「きっとこれ」



 そう言って正司が腕の中で顔を赤らめる花凛の唇に自分の唇を重ねる。




「んん……、ん……」


 長い口づけを終えた花凛が正司に尋ねる。



「ねえ、どうして分かったの……?」


「花凛の考えることなら何でもわかるよ」


 顔を真っ赤にして花凛が尋ねる。



「本当に? じゃあ、次は何を考えていると思う?」


「そうだなあ……」


 少し考えて正司が言う。



「とりあえず明日も休みだから今日はこのまま帰らずにどっかに泊まる。そして夜、部屋で花凛とエッチなことをいっぱいする」


「え?」


 腕の中にいた花凛もさすがに驚く。しかしすぐに笑って言う。



「あはははっ、何それ〜、しょーくん、えっち〜!!」


「あれ? 違ったかな?」


 そう笑って言う正司に花凛が答える。



「ううん、いいよ。しょーくんがそうしたいならいいよ!!」


「マジで!?」


 驚く正司に花凛が言う。



「でもね、花凛が思っていたのはちょっと違って……」


 正司が黙って聞く。



「しょーくんがずっと花凛のそばにいて寂しくさせなくて、花凛を泣かせなくて、いっぱいいっぱい愛してくれて、いつでも花凛をぎゅっとしてくれるってこと」


 正司は一度頷き、花凛をその言葉通りぎゅっと抱きしめて言う。



「うん、もうどこへも行かない。もう寂しくさせない」


「しょーくん……」


 その言葉通りぎゅっと抱きしめられた花凛がを流して言う。



「しょーくん、大好きだよ……」


 花凛の涙に気付いた正司が慌てて言う。



「あ、ごめん! 今言ったばかりなのにもう泣かせちゃって……、えっ!?」


 そう言った正司の口を花凛が自分の口で塞ぐ。



 キス。

 心を込めた甘いキス。



 花凛が涙目で言う。



「これはいいの。これは嬉しいのだから……」



「花凛……、君に出会えてよかった。心から愛してる」


「うん、花凛もだよ。もうしょーくんを絶対放さないから……」



 ふたりは強く抱きしめ合い、そして再び唇を重ねた。

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