27.あまいソフトクリーム

「はい、こちらが鍵になります。お返しの際はガソリン満タンでお願いしますね!」


「あ、はい。分かりました」


 正司は駅前でレンタカーを借り、花凛を乗せて走り出す。

 良く晴れた晩秋の朝。心地良い朝日の中車を軽快に飛ばす正司だが、なぜか隣の花凛がむっとしまま口を利かない。恐る恐る正司が尋ねる。



「な、なあ、花凛。どうかしたのか?」


 花凛は腕組みをしたまま不満そうに答える。



「さっきのお姉さん、そんなに綺麗だったの?」


「は?」


 一瞬意味が解らなかった正司だが、すぐにそれが先ほどのレンタカー屋さんで受付をしてくれた女性のことだと気付いた。茶色の長い髪。愛くるしい笑顔。花凛ほどではないけど美女であることは間違いなかった。



「べ、別に俺、何にも言ってないだろ?」


「顔に書いてあった。『お姉さん可愛い』って」


(マ、マジかよ……)


 確かに可愛いと思って話はしていたが、そんなことまでお見通しだとは改めて正司は花凛の洞察力に驚く。正司が運転しながら言う。



「か、花凛が一番綺麗だよ」


「……」


 無言。だか圧がすごい。



「花凛が一番可愛いよ」


「……他には?」


 よし乗って来た、と思いながら正司が答える。



「料理が上手でスタイルが良くて、ええっと、優しくて気が利いて、あと……、そう、俺の将来のお嫁さん!!」


 心臓バクバクの正司が答える。花凛は一度大きく頷いてから言う。



「まあ、合格。いいよ、許してあげる」


「あ、ああ、ありがとう……」


 正司は受付で女性と話すだけでこんなに大変なことになると思ってもみなかった。花凛が言う。



「それにしても、花凛がしょーくんの部屋にいるってよく分かったね?」


 正司が答える。


「うん、アパートの前に来てすぐいい匂いがしたんだ」


「匂い? 何の?」



「何のって、もちろん料理。美味しそうな匂いがしたよ」


「うんうん」


 花凛は満足そうな顔をして頷く。そして運転中の正司の足を撫でながら尋ねる。



「花凛の匂いはした?」


「へ?」


 意味が分からない正司。横目で花凛の見ると、何やら意味ありげな目をしている。すぐにその意味に気付き答える。



「し、したよ。花凛の匂い……」


「きゃー、しょーくん、大好きっ!!!」


 そう言って運転中の正司の腕にしがみ付く花凛。



「わ、わっ、やめろって、運転中は危ない!!」


 正司がそう言うと花凛は「ごめんね」と言って自分の椅子に座り直す。正司が尋ねる。




「そう言えば、どうして花凛は俺の部屋にいたの?」


 花凛がきょとんとした顔で答える。



「え? どうしてって、ここ数日はずっとしょーくんの部屋にいたんだよ」


「は? 俺の部屋に……、なんで?」


 嫌な予感がする正司が尋ねる。



「なんでって、しょーくんのベッドはしょーくんの匂いがあってあそこで寝ると何だか抱かれているようで安心するし、お皿やコップもしょーくんを感じられるからずっと使っていたし、歯ブラシもしょーくんので磨くと毎回キスされているようで嬉しいし……」



(マ、マジかよ……、もはや通い妻と言うレベルじゃないなこれ……)


 さすがの正司も深すぎる花凛の愛にやや戸惑う。黙り込む正司に花凛が尋ねる。



「ん? しょーくんも嬉しいよね?」


「あ、ああ、嬉しいよ……」


 あまり女性経験がない正司は、付き合うって言うのはこういうもんなんだろうかと思うようにした。正司が尋ねる。



「眠くない?」


「うん、大丈夫だよ。しょーくんは?」


「あ、ああ、大丈夫。さっき仮眠とったしね!」


 正司が出張から帰って来てふたりで食事をとり、そのまま正司の布団で少しだけ仮眠。正司は花凛が抱き着いたまま眠ってしまったので本当はあまり眠れなかった。花凛が尋ねる。




「で、今どこに向かってるの?」


「うん、行き先は決めてないけど南の方。半島の方に行って海でも見ようかなって」


「いいねえ、海。海大好きだよ!!」


 花凛も嬉しそうに答える。とにかく当てもなく遠くへ行きたい。正司は高速に乗り更に快調に車を飛ばす。




「あ、あれ、しょーくん。牧場があるんだって!!」


 高速道路の途中に見えた牧場の看板を見て花凛が言う。正司が答える。




「うん、海の近くで景色も良さそうだし、行ってみる?」


「いいね、行こ行こ!!」


 正司はすぐにハンドルを海近くの牧場に向ける。そして車で数時間、見晴らしが良い開放的な牧場へとやって来た。




「うわ~、すっごく気持ちがいいね!!!」


「うん、気持ちいい」


 晴れた空。輝く太陽の下、牧場に到着したふたりが手を空に伸ばして言う。

 目の前には牧場の建屋とその奥に広がる広い草原、そしてさらにその向こうに見える青い海。海から吹く風だろうか、少し冷たいが心地良い風がふたりを包む。



「しょーくん、行こ行こ!! 牛がいるよ!! 乳絞りとかできるみたい!!」


 花凛は嬉しそうに正司の手を引き歩き出す。



(可愛いよな……)


 正司は太陽の光を浴びて輝く花凛を見つめる。

 花凛はベージュのモッズコートに黒の厚底ブーツ。長めの白いスカートが風に吹かれてひらひらとなびいている。正司にはそれがまるでこの地に舞い降りた天使のようにも見えた。



「しょーくん、アイスクリーム売ってるよ? 食べる??」


 平日だが意外とたくさんの人が訪れている牧場。子供連れの家族も結構いる。

 花凛は建屋前に来て『濃厚ソフトクリーム』と書かれたのぼりを指差して興奮気味に言う。値段は一般のソフトクリームよりやや高めだが濃厚な味が自慢らしい。



「俺、普通のもの、食べられないから……」


 味覚異常の正司。ソフトクリームですら腐敗臭漂うデザートとなる。



「いいから、いいから!」


 花凛は何を思ったのか正司に笑顔でそう言うと、ソフトクリームの店の列へと並ぶ。



「花凛?」


 正司は黙って花凛を見つめる。やがて満面の笑みで花凛が手にソフトクリームを持って戻って来た。匂いはない。しかし不味いのは間違いないだろう。そんな正司に花凛が言う。



「そこ、座ろっか」



 花凛が指さす先には広場の隅にある木製のベンチ。正司は言われたままそこへ花凛と並んで座る。


「はい、ちょっと持ってて」


 そう言ってソフトクリームを渡す花凛。黙ってそれを受け取る正司。



(見た目は綺麗なんだけどなあ……)


 いつもそう思う。でも食べると不味い。そんな風に正司が思っていると花凛は持って来たカバンから黄色の液体が入ったボトルを取り出した。


「何それ?」


 正司が怪訝そうな顔で尋ねる。花凛が答える。



「花凛ちゃん特製はちみつ、だよ!」


「はちみつ?」


 ほとんど食べたことはない。きょとんとする正司に花凛が説明する。



「これはね、普通のはちみつに花凛が色々と調味料を混ぜて作った特別なものなの。はちみつの甘さは残しつつ、デザートに掛けると絶品料理に早変わりするんだよ。しょーくんにもきっと美味しく食べられるはず!!」


「は、はあ……」


 半信半疑の正司。そんな彼をよそに花凛が正司がもっているソフトクリームにその金色の液体をどろどろとかけ始める。特製はちみつがゆっくりとソフトクリームに絡まっていく。花凛が言う。



「さあ、食べてみて」


「うん……」


 正司はその金色の液体がかかったソフトクリームをじっと見つめてから舌で舐めてみる。



 ぺろっ


「え!? 美味い!!??」


 クッキーで覚えた『甘い』と言う味覚が口の中に広がる。同時にソフトクリームの冷たさと、口の中で溶ける食感が美味しさをさらに引き立てる。花凛がにこっと笑って言う。


「でしょ? 美味しいでしょ!」


「うん、美味しいよ、これ! 花凛、すごい!!!」


「うんうん」


 そこから正司は夢中になってソフトクリームを食べた。

 花凛が持っていた特製はちみつを更にたっぷりかけ、ベロベロと舐めたり口に含んだりして初めてのソフトクリームを無我夢中で食べる。


「美味しいよー!!」



(ふふっ、まるで子供みたい)


 花凛はそれを微笑みながら見つめる。

 やがてひとりですべてソフトクリームを食べてしまった正司が、目の前でこちらを向いて見つめる花凛に気付き慌てて言う。



「ああ、ご、ごめん! 全部食べちゃった!!」


 あまりの美味しさに興奮しながら一気に食べてしまった正司。花凛に言う。



「俺、もうひとつ買って来るよ!!」


 そう言って立ち上がろうとする正司の腕を花凛が掴む。



「え?」


 振り向く正司。花凛は正司の腕を引っ張り、再びベンチに座らせる。



「しょーくぅん……」


 花凛は急いで夢中で食べため、クリームやはちみつが口の周りにたくさんついた正司の顔を見つめる。花凛が両手を正司の顔に添えてとろんとした目つきで言う。



「花凛は、これでいいよ……」


 そう言って少し大きく口を開け、正司の唇に自分の唇をように重ねる。



「……うっ、か、花凛っ!?」


 そのまま花凛は何度も唇を重ね、少し舌を出しては正司の口の周りをその可愛い舌でぺろぺろと舐める。



(か、か、花凛……)


 正司の目には少し離れた場所でこちらを驚いて見つめる人達が映る。恥ずかしさで心臓がばくばく鳴り、はあはあと息も自然と荒くなる。



「おいしぃ……」


 花凛が小悪魔のような笑みを浮かべて正司にささやく。



「か、花凛……」


 綺麗に正司の口を舐め終えた花凛に、驚き興奮した正司が言う。



「は、恥ずかしくないの……? みんな見てるよ……」


 花凛は自分の口の周りを舌で舐めまわしながら答える。



「全然。知らない人ばかりだもん」


「あはははっ……」


 正司が空笑いする。花凛がうっとりとした顔で尋ねる。



「しょーくん、は、美味しかった?」


「え? あ、ああ、美味しかったよ……」


「嬉しい~!!」


 そう喜びながら正司に抱き着き頬にキスをする花凛。

 もう自分の想像の中に収まるような子じゃないんだなと、正司は花凛を抱きしめながら思った。

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