20.彼シャツ

「おいしい? しょーくん」


 夕食のオムライス。花凛は正司の隣に密着するように座り、その大きな胸を押し付けるようにしながらスプーンを持って正司に食べさせる。



「もぐもぐもぐ……、美味しい……、マジ美味いよ……」


 花凛の甘い色気も気になるが、正司には初めて食べた美味しいオムライスに感動していた。



(なんと言う食べ物……、柔らかな卵に中のケチャップのご飯が最高に合う。誰だよ、こんな神級の組み合わせ考えた奴は……)



「良かった、美味しくて」


 顔のすぐ横で花凛がそう言って喜ぶ。そう言ってどんどん正司の口にオムライスを運ぶ花凛。しばらくして花凛が正司に言う。



「ねえ、しょーくぅん。花凛にも食べさせてぇ……」


(え?)


 気が付くとスプーンはしかない。つまり同じスプーンで食べなければならないと言うこと。正司が尋ねる。



「スプーン、これしかないんだけど……、いいの? これじゃあ……」


 あれだけキスをしておいて今更だが、『間接キス』と言いかけて正司が息を飲む。自分を見つめる花凛の顔が赤くとても色っぽい。



「……うん、分かってるよ」


(か、可愛い……)


 すでに色々大人の常識と呼ばれる防御壁を持った正司の心が、花凛のいつもと違う攻撃にぼろぼろと崩れ始めている。正司はピンク色でしっとりとした唇にスプーンでオムライスを運ぶ。



「ぱくっ、むしゃむしゃ……、うん。しょーくんの味がする」


(お、俺の味いいいいい!?)


 正司は自分の腕の中で顔を赤らめるこの可愛い生物に、もうどんな対応をすればいいのか全く分からなくなっていた。

 何をしても可愛い。何を言っても可愛い。正司の中の何かが崩れていく。



「美味しかったね、しょーくぅん」


「う、うん。美味しかった」


 結局ふたりで最後まで食べ合っていたのでいつもより倍以上の時間をかけて食事を終えた。オムライスを食べた花凛が再び正司の首に、自分の腕を回して言う。



「ねえ、しょーくん……」


 花凛の唇にオムライスのケチャップがついているのかいつもよりも赤い。



「今日、ここに泊って行ってもいい……?」



(え、えええええええええ!?)


 キス以上のことは結婚後と言う花凛。毎日一緒にご飯を食べるも泊って行くことは一度もなかった。動揺する正司が花凛に尋ねる。



「え、ど、どうしたの? 急に……」


 まさに急である。花凛が恥ずかしそうに答える。



「今日はね、花凛、しょーくんと一緒に居たいの……」


 こんな事をこんな可愛い女の子に言われて落ちない男はいないだろう。年上だから、おっさんだからと戒めてきた自制がガタガタと音を立てて崩れていく。



「う、嬉しいけど、いいの……?」


 正司の言葉に花凛はじっと目を見つめて小さく頷く。



(マジか、マジか、マジかああああ!!!!)


 正司の心臓が爆発するほど激しく動く。寒ささえ感じるこの晩秋に汗がだらだらと流れる。それに気付いた花凛が正司の胸に耳を当てて悪戯っぽく言う。



「しょーくんの胸、すっごいどきどきしているよ……」


 そう言って顔を上げ正司を見てにっこり笑う花凛。



「だって、嬉しくて、俺……」


 次の瞬間正司が固まる。

 花凛は正司の手を握り、自分のに押し当てながら言った。



「花凛の胸も、こんなになってるんだよ……」



 正司の手の平全体に感じる温かく柔らかな花凛の膨らみ。服の上からでも分かる花凛の激しい律動。正司が心の中で絶叫する。



(さ、触っちゃったあああああああ!!!! 柔らけええええええ!!!!!!)


 大胆なことをした花凛も緊張のせいか震えているのが分かる。



「か、花凛……」


 正司の言葉に花凛が顔を上げて笑顔で言う。



「シャワー浴びて来るね」



 ぼうっとする正司の頬に花凛が軽くキスをする。そしてシャワールームに消えて行く花凛を見ながら正司が思う。


(なんだ、なんだ、この展開は……、いや、彼女なんだから別におかしくはないけど、今日の花凛、一体どうしちゃったんだ……)


 正司は心から嬉しいと思いつつも、いつもと様子が違う花凛を見て戸惑いも感じる。

 未だバクバクなる心臓を落ち着かせる為に、テーブルの上に置かれた水をひと口飲む。その時、シャワールームから花凛が正司を呼んだ。



「しょーくん、指怪我しちゃってワンピースが脱げないの……、背中のファスナー、下ろしてくれる?」



 それを聞きぶっ飛びそうになる正司。きっとアニメだったらそのまま天井を突き破って飛んで行ってしまうぐらい破壊力がある。



「か、花凛……?」


 見ると花凛は正司の部屋のタオルで髪を束ねて、先ほどにもまして色っぽい姿でこちらを見ている。


「しょーくぅん、お願い……」


 そんなことを頼まれて断る男がどこにいるのか。正司がよたよたと立ち上がりシャワールームで待つ花凛のところへ行く。



(綺麗な、うなじ……)


 正司に背を向けて立つ花凛。タオルでアップされた髪の下に、普段あまりよく見えない色っぽいうなじが露わになる。



(な、舐めたい。べろべろと……)


 本能のままそう思った正司だが、さすがに『おっさん嫌われるぞ』と思い自制する。そんな正司を知ってか知らぬか花凛が背中のファスナーを指差し恥ずかしそうに言う。



「ここ、そのまま下におろして……」


「い、いいの……?」


 花凛は背を向けたまま無言で頷く。



(ごくり……)


 マジで聞こえるんじゃないかと言いうほどの音を立てて唾を飲み込む正司。震える手でそのワンピースの小さなファスナーに手をかける。



「お、下ろすよ……」


「うん……」


 花凛が小さく頷いたのを見てから、正司がゆっくりと下ろしていく。



(き、綺麗……)


 そしてピンクのワンピースの下から現れる花凛の背中。きめ細かく真っ白な肌はこの世のものとは思えないほど美しい。そして現れる花凛のブラの線。服と同じピンク色。



(可愛い!!!!!!!)


 正司は震える手、汗が流れるほど出る手でゆっくりと下までおろす。



「あ、ありがと!!!」


 さすがに恥ずかしくなったのか、花凛が急に背中を押さえながら正司に礼を言ってシャワールームへ消えて行く。



「あ、ああ……」


 正司は頭が混乱しながらふらふらと部屋へと戻る。




(花凛、一体どうしたんだ?? 明らかにおかしい。って言うか本当に今日ここに泊って行くのか???)


 しばらくの間正司がそんなことをひとり考えていると、シャワールームのドアがゆっくりと開いた。



「しょーくん……」


 名前を呼ばれて振り返る正司。



(え? えええええっ!!!!)


 そこには自分のパジャマの上着だけ着た花凛が恥ずかしそうに立っていた。



「服なかったから、そこにあったしょーくんの借りちゃった」


 ぶかぶかの服。手すら出ていない大きな男物の服。ズボンは履いていないので花凛の真っ白な足が露わになっている。花凛が恥ずかしそうに言う。



「彼シャツっていうのかな、こういうの……」


 正司はその一瞬、記憶が飛んだ。

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