19.えっち

「花凛、本当に幸せそうだね」


「え、そんな風に見える?」


 昼食を終え、トイレに行った彼氏達を待つ花凛と由香里が話す。駅前の公園のベンチ。良く晴れた空に少しだけひんやりとした風が心地良く流れる。

 たくさんの人が行き交う中、由香里が嬉しそうに花凛に言う。



「見えるよ~、もうほんとラブラブって感じ」


「えー、そんなことないよ。普通だよ!!」


 そんな普通がどこにあるんだ、と突っ込みつつ由香里が言う。



「良かったね、正司さんに出会えて」


「うん」


 花凛が少し恥ずかしそうにして頷く。由香里が言う。



「最初会った時は、『なに、このおっさん!!』って思ったけど、すごく花凛を大事にしているのが分かるし、花凛も幸せそうなんで安心したよ」


「うん、しょーくん、大好き」


 花凛は正司が『美味い美味い』と言ってすべて食べた弁当箱を片付けながら言う。由香里が尋ねる。



「ねえ、もうはしたの?」


「え!?」


 驚き由香里を見つめる花凛。そして小さく首をに振る。



「えー、まだなの? こんなにラブラブなのに!?」


「う、うん……、そう言うのは結婚してからって決めてるの……」



 由香里がため息をついて言う。


「ねえ、花凛」


「ん?」



「そう言う気持ちは大事だとは思うけど、正司さんの身にもなってあげなよ」


「ど、どういうこと?」


「正司さん良い人だけど、ほら独身の男でしょ? そう言うのもってこと」



「え、え!? 溜まる!? 何それ、どういうこと?」


 由香里が呆れた顔をして言う。



「だから、やっぱり男の人ってエッチなことしたいってこと。彼女いるのに何もないと、でやって来ちゃうかもよ」



「そ、外で……」


 花凛の目の前が真っ暗になる。



(しょーくんが、しょーくんが、外で知らない女の人とえっちなこと……)


 ありとあらゆる妄想が花凛の頭の中で浮かび上がり、それを考えるだけで目がぐるぐる回り倒れそうになる。由香里が言う。



「正司さん、一応社会人でしょ? そう言った付き合いもあるかもしれないし」


「やだ、やだよぉ、そんなこと……」


 花凛はすでに泣きそうな顔で由香里に言う。



「私、どうしたらいいの……?」


 由香里が答える。



「どうしたらって……、まあふたりがそれで納得しているんだったら別にいいんだけど、せっかくこんな可愛い彼女がいるんだし部屋も隣なんだから、ちょっとぐらいエッチな事させてあげたら?」


「エ、エッチなことって??」


 花凛の顔が真面目になって由香里に尋ねる。



「何でもいいよ!! ちなみにその立派な胸はもう揉ませてあげたの?」


 花凛は真っ赤な顔して再び首を左右に振る。由香里が呆れた顔をで言う。



「えっ? そんなに凄いもの持っていて、触らせたこともないの??」


「う、うん。だって恥ずかしいし……」


 あれだけ公衆の面前で恥ずかしいことやっておきながら、この女は一体何を言っているのだと由香里は思う。



「正司さん、よく我慢しているね~、もう天然記念物ものだよ」


「うん……」


「まあ、ふたりのことだからこれ以上は言わないけど、男の人がそう言うものを求めるのは自然なこと。それは理解しなきゃダメだぞ」


「うん、分かった……」


 花凛は色々な妄想しながら小さく頷いて答える。




「お待たせ、花凛」


 そこへトイレから帰って来た正司とタケルが現れる。花凛がびっくりしたような顔で言う。



「しょ、しょーくん!?」


「え? ど、どうしたの。顔真っ赤だよ!?」


 花凛は赤く火照った顔をに両手を当てて答える。



「ううん、何でもないよ。今日、ちょっと暑いよね……」


(暑い?)


 秋も深まったこの時期、とても暑いとは思えなかった正司が首を傾げた。






「ただいまー、ああ、疲れたね!」


「う、うん……」


 あれからみんなで駅前のショッピングセンターをぶらぶら歩き、夕方になってアパートに戻って来た花凛と正司。

 ただ正司はお昼以降、ずっと赤い顔で下を向き自分にくっついて離れようとしなかった花凛のことが気になっていた。正司が上着を脱ぎながら尋ねる。



「花凛、どうかしたの?」


 花凛が驚いて答える。


「え? なに? 何でもないよ」


「そう? ならいいんだけど。なんか元気ないって言うか……」


「大丈夫。あ、ご飯作るね。お腹減ったでしょ?」


「うん……」


 花凛はそう言うと正司の部屋のキッチンへ行き、愛用のピンクのエプロンを身につける。そして無言のまま料理に取り掛かった。



(花凛……?)


 明らかに様子がおかしい花凛の姿を正司が心配しながら見つめる。




「痛っ!!」


「え? 花凛っ!!」


 しばらくしてキッチンから聞こえてきた花凛の声。慌てて正司が見に行くと、左の指を押さえて痛がる花凛の姿があった。



「どうした、花凛!!」


 花凛が苦笑いして答える。


「ちょっと指切っちゃったみたい……」


 見ると包丁で切ったのか、彼女の人差し指から赤い血が出ている。花凛が言う。



「大丈夫、そんなに深くないから。ちょっと痛いだけだよ」


「見せて」


 正司は花凛の指を見てから自分のに咥えた。



「え? しょーくん!?」


「……大丈夫」


 傷は少し切れたぐらいで大したことはなかったが、その突然の正司の行動に花凛が驚く。花凛の指に温かい正司のぬくもりが広がる。



(私、しょーくんに舐められている……)


 そう思うだけで鼓動が早くなり妙な気分になる花凛。予期もしない興奮を感じ指を舐める正司をじっと見つめる。傷口を見ながら正司が言う。



「絆創膏貼っておこうか。もう料理は無理しなくていいよ」


 そう言う正司に花凛が首を振って言う。


「だ、大丈夫、このくらい。ささっと作っちゃうよ!!」


 花凛はそう言うと絆創膏だけ貼ってもらい再び料理に取り掛かる。心配する正司を横目に花凛が思う。



(やだ、私、なんかちょっとえっちな気分になっちゃってる……)


 昼間の由香里との会話。ずっとしがみついていた正司の腕。舌で舐められた指。

 得意な料理で指を切るという失態も花凛の心を揺さぶっていた。




「ごめんね、しょーくん。簡単なもので……」


 花凛は申し訳なさそうな顔をしながら、とても美味しそうなオムライスを作って持って来てくれた。



「オ、オムライス……」


 こんもりと膨らんだ黄金の卵。その上に掛けられた赤いケチャップ。その対比がなんとも美しい。以前コンビニのオムライスを食べたことがあるが、あまりの不味さに完食できずに捨ててしまったことを思い出す。花凛が尋ねる。



「オムライスは食べられるかな~?」


「きっと大丈夫。もう待てないよ、早く!!」


「うん、いいよ……」


 花凛は正司の『食べたい』って言葉がなぜかとても卑猥に聞こえ、ドキドキしながら正司の隣に座る。



(え? 隣……!?)


 いつもは向かい合って食べるふたり。それがなぜか今日は自分の真横に密着するように花凛が座る。戸惑う正司に花凛が甘い声で言う。



「ねえ、しょーくん。まずは花凛からね……」


 そう言いながら自分の腕を正司の首に回し、目を閉じ唇を重ねる。



(か、花凛……!?)


 長いキス。

 正司はいつもと何か様子が違う花凛に戸惑いながら、その火照ってとろんとした彼女の顔を見つめる。当然ながら花凛の大きな胸は正司に当たり、短いワンピースのスカートから出た生足は半端なく色っぽい。

 花凛はスプーンを手に取ると、作り立てのオムライスをすくって正司の口元へ運び言う。


「はい、あ~ん……」


 絶対絶対絶対に様子がおかしい花凛。正司は不安とどきどきで花凛を見つめた。

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