16.花凛 × デザート

「私ね、結婚して子供をたくさん作って、それで私の手料理でみんなが一緒に笑顔で食べるのが夢なんです」


 それを聞いた正司が心を決める。

 自分が今、言わなきゃならないと思った。



「花凛ちゃん……」


 真剣な目の花凛が正司より先に尋ねる。



「正司さん、ひとつ聞きたいことがあるんですが……」


「え、なに?」


 少し驚く正司。花凛を見つめる。



「あの、正司さんの服を取りに来た女性って、お付き合いされているんですか?」


「は?」


 服を取りに来た女性。恐らくそれは美咲みこ。だがどうしてそのようなことになっているか理解できない。正司が言う。



「みこのことかな。茶色いショートカットの子」


「は、はい。そうです」


 そう言いながらも花凛の顔が少し曇る。正司が答える。



「みこは彼女じゃないよ」


「え?」


 今度は花凛が驚く。



「彼女じゃない。彼女。以前、ちょっと付き合ってたんだ」


「元、彼女……」


 ぼうっとする花凛に正司が言う。



「みこは年下だけど一応同期なんだ。で、彼女が作るたまご焼きがなぜか俺の舌に合って、時々作って貰っていたわけ。でも、それ以外は全く合わなくて結局別れたんだ」



(え、じゃあ、あの『たまご焼きの女』って、彼女のことだったんだ……)


 花凛の頭の中で色々なことが線になって繋がっていく。正司が言う。



「だから今でも仲は良いけど、付き合ってはいない。友達、まあ同僚かな」


 安堵と言う波紋が花凛の中でゆっくりと広がって行く。そのみこと言う女性がどう思っているのかは知らないが、正司自身からはっきりと『違う』との答えを聞くことができた。花凛がぼそっと言う。



「良かったぁ……」


 下を向き頬を赤くして花凛が言う。正司が意を決して花凛に言う。



「花凛ちゃん」


「はい」


今度は正司の目が真剣になる。



「俺と、付き合って欲しい」



「え?」


 驚く花凛。

 正司は覚悟していた。自分のようなおっさんと彼女のような可愛い女子大生が付き合うことなど所詮夢物語。お隣さんだから良くしてくれている。優しい彼女だからこんなおっさんにも普通に接してくれる。



(でも、伝えなきゃ。1%でも可能性があるのなら伝えなきゃ……)


 ずっと下を向いていた花凛が一度頷いてから正司に言う。



「あの……」


「は、はい」



「その言葉、ちょっともいいですか?」



(え? かえる!? まさか『帰る』って意味か……!?)


 花凛が真っ赤な顔をして正司を見つめて言う。



、って付け加えて貰ってもいいですか?」



「え? ええっ!?」


 逆に驚く正司。花凛に彼氏がいなかったと言うだけでも驚きなのに、さらにその先の話までされるとは。正司が尋ねる。



「け、結婚? 俺と!?」


「はい! ずっと前から決めていました!」



(マ、マジか……、本当なのか……?)



「だけど、俺、こんなおっさんだし、お金だって、何にもないし……」


 花凛が首を振って答える。



「何も要らないです。正司さんが一緒にいてくれれば、それで……」


 花凛の正司を見つめる目がとろんとなる。



「私の夢、聞いてくれましたよね?」


「う、うん……」


「私の夢を叶えてくれる人って、この世に正司さんしかいないんです」



「ゆ、夢……」


(そ、それって彼女の手料理を家族で食べて、たくさんを作って……)



 自然と正司の視線が、大きく膨らんだ花凛の胸元に行く。先ほどより更に顔を赤くした花凛が正司に言う。


「正司さん……」


「はい……」



「さっきの言葉、もう一度言ってくれませんか?」


「え?」


「その……、付き合うって言うやつ……」



(か、可愛いいいいいい!!!!)


 下を向いて小さく言う花凛を見て正司がどきどきしながら思う。



「あの、お、俺と、結婚を前提に、付き合ってくれませんか……」


 花凛は満面の笑みで応える。



「はい、喜んで!!」



(マジか、マジかよおおおおお!!!!)


 正司は自然と小さくガッツポーズととっていた。それを笑って見つめる花凛が言う。



「どうしたんですか?」


「いや、だって嬉しいから!!」



「私も嬉しいですっ!!」


 正司が頷いてから尋ねる。



「ねえ、花凛ちゃん。本当に俺で良かったの?」


「もちろんですよ。って言うか、もうお付き合いしたんだから『花凛ちゃん』は止めましょうか」



「へ? どういうこと?」


 花凛がはにかんで言う。



「昇級したんで、なんか違う呼び方にしてください」


「は、昇級? 違う呼び方!?」


 意味が分からず混乱する正司。



「花凛ちゃんじゃダメなの?」


「ダメです」


「でも花凛ちゃんは花凛ちゃんで……」


「ダメです」



 腕を組んで少し考えてから正司が言う。


「う~ん、じゃあ、シンプルに、ってのはいいかな?」


 花凛がにこっと笑って言う。



「いいですよ!! 合格っ!!」


「そ、そうか。良かった……」


 安堵する正司に花凛が少し笑って言う。



「私も『正司さん』は卒業ですね。新しいのを考えておきます」


(そ、卒業……)


 正司がそれを聞いて苦笑する。そして花凛に言う。



「でも嬉しいなあ。将来、花凛ちゃ……、の作ったご飯を毎日食べられるんでしょ」


 花凛が笑顔で返す。


「将来じゃありませんよ。からです!!」



「え? 今日から!?」


 驚く正司に花凛が言う。



「入院中も毎日お弁当作って持ってきますね。退院後も毎日一緒に食べる。朝も夜も。会社のお昼も私がお弁当を作ってあげます!!」


「ほ、本当に!?」


 信じられない顔をする正司。それなら本当にずっと花凛の料理が食べられる。



「迷惑、でしたか……?」


 正司が首を何度も横に振って言う。



「そんな訳ないよ。もう想像しただけで最高だよ!!!」


「良かった。嬉しいです」


 そう言って喜ぶ花凛を見て正司も嬉しくなる。正司が膝に乗せた弁当箱を見つめる。こんな美味しいものが毎日食べられると思っただけで胸が高鳴る。正司が最後に残ったから揚げを口に入れて言った。



「もぐもぐもぐ、美味しい!!! これからこんなのが毎日食べられるんだよね!!」


「はい、たくさんたくさん、いーっぱい食べてください!!」


 そう言いながら花凛は、正司の膝の上に乗った弁当箱の辺りをジロジロと見つめる。



「ん、どうしたの?」


 それから今度は自分のカバンの中を一度、更にもう一度正司の膝の上のお弁当箱を見て言う。



「あれ、デザートも作ったのに忘れて来ちゃったのかな??」


 正司の膝の上で首をかしげる花凛。真っ白なうなじが、さらさらの清楚な黒髪がはらりと膝の上に落ちる。正司が言う。



「花凛」


「ん、なに?」


 花凛が頭を上げた瞬間、その頭に正司の両手が優しく添えられる。そしてその小さな唇に正司が自分の唇を



(えっ!? えええええっ!!??)


 驚く花凛。心臓がバクバクと飛び出すんじゃないかというほど激しく鼓動する。真っ赤になった花凛に正司が優しく言う。



「デザート、美味しかったよ」


(え、ええっ!! まさかが、デザート!?)



 花凛が恥ずかしそうにはにかむ正司を見つめる。その顔を見て花凛の中でが切れた。



(え?)


 花凛はすっと正司の首に自分の両手を回す。そして驚く正司に今度は彼女の方から唇を重ねた。



(う、ううっ、……か、花凛!?)


 突然のことに驚く正司。口づけを終え至近距離で見つめる花凛が正司に言う。



「正司さんだけずるい。花凛もデザート欲しいよぉ……」


(えっ!?)


 そう言って三度唇を重ねる花凛。今度はうっとりした顔で言う。



「美味しい~、ねえ、もっとぉ……」


 それから病院の中庭で何度も唇を重ねたふたり。この日より花凛が正司に対してだけ、まるで別人のような『ヤンデレ女子』に変貌することとなる。

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