10.友人チェック!!
ピンポーン
「あ、正司さん!! いらっしゃい!!!」
夕方、部屋で着替えをしてから隣の部屋を訪れた正司を、花凛が満面の笑顔で迎えた。正司が言う。
「お、お邪魔します……」
正司はきちんと並べられた女性もののヒールを見て少し緊張する。女友達が来ているようだ。花凛が言う。
「正司さん、これ私の友達の由香里。よろしくね!」
「あ、ああ。よろしく。由香里さん……」
ふたりの女子大生を前に緊張しまくるおっさん正司。少し長めのナチュラルパーマが似合う可愛い女の子である。由香里が言う。
「初めまして、話は花凛からよく伺っています……」
そう言いながらじっと正司を見つめる由香里。そして正司を部屋の中へと勧める花凛の袖を引っ張り小声で言った。
「ね、ねえ。めっちゃ年上じゃん!! っていうか、おっさんじゃない!!」
花凛が不思議そうに答える。
「え? そうかな? ちょっと年上だとは思うけど。でも可愛らしいんだよ」
そう言ってうっとりとした目つきで部屋に入る正司の背中を見つめる花凛。由香里が思う。
(ど、どうなってるの!? あんなおっさんがこともあろうことにあの花凛を!? 花凛の態度も話し方も、全然いつもと違うじゃん!!!)
明らかに恋に落ちている花凛を驚きの目で見つめる由香里。花凛が由香里と正司に言う。
「ふたりはそこで待っててね。今、すぐ作るから!!」
そう言って愛用のピンクのエプロンをつけ食事の準備に取り掛かる。
「ふんふん~、ふん、ふ~ん」
花凛は上機嫌で料理を始める。
(お仕事から帰って来た正司さんの為に夕食を作るって、私、もう妻じゃん。って言うか、もう妻でいいよぉ!!)
部屋で食事を待つ正司を思い浮かべ花凛は、鼻歌を歌いながら手際よく料理を作る。花凛はすでに由香里の事を『夫正司との家庭に遊びに来た友人』としてもてなしている気分になっている。
一方の正司は目の前に座る女の子の対応に苦戦していた。
(な、なんか、俺を見る目が怖いんだが……)
じっと正司を睨む由香里。彼女にしてみれば花凛の相手がこんなおっさんであることにやはり納得がいかない。由香里が尋ねる。
「橘さんはお幾つなんですか?」
「え? あ、ああ、31だけど……」
(31!? やっぱりおっさん確定ね……)
「どうして花凛に近付いたんですか?」
「は?」
意味が分からない正司。
「近付いたって、お隣さんで、それで……」
「花凛の料理食べたんですよね」
「うん……」
言い方が怖い。真剣と言うべきか、詰問しているというか。由香里が続ける。
「どんなトリックを使ったんですか? 教えてください」
「トリック!?」
何のことだか全くわからない正司。手品などした覚えはない。由香里が言う。
「しらを切る訳ですね。いいです。今日、しっかり見させてもらいますから!!」
そう言って由香里はぷいと顔を横にそむけた。正司が思う。
(なんで怒ってるんだ、この友達の子は? 俺、何か悪いことでもしたのか!?)
ただ食事に呼ばれてやって来た正司。やはり未知なる生物『女子大生』の扱いは難しい。
「はーい、お待たせ!!」
そんなふたりの微妙な空気の中、料理を作り終えた花凛が笑顔でやって来る。そして作り立ての料理が乗った大皿をテーブルの上に置く。正司が言う。
「これって、まさか、肉じゃがか!?」
花凛が嬉しそうな顔で答える。
「はい、肉じゃがです!! 正司さんお好きですか?」
「うん、もちろん!!」
もちろん食べたことはない。
ただ雑誌やテレビなどで『彼女に作って欲しい料理』の上位にいつも来るメニュー。光沢を放つ肉じゃがを見ながら正司の興奮は収まらない。そして花凛が追加で持ってきたものを見て涙が出そうになった。
「こっちはお味噌汁です。正司さんは何味噌が好きでしたか?」
「あ、あ……」
もう何でもいい。
肉じゃがに味噌汁。独身男が女性に作って欲しい黄金レパートリー。食べたことのない正司ですらその甘美な響きに心躍る。そして花凛はもう一品そのメニューを机に置いた。
「たまご焼き、あ、だし巻き卵ですね。正司さんのお口に合うかな……?」
たまご焼き。
これは今回花凛が特に力を入れて作った品。どこの誰だか知らないが、正司に『たまご焼き』を作る女性には絶対負けたくない。花凛渾身の品である。テーブルに並べられた料理を見て正司が思う。
(凄い、本当に凄い……、こんなまぶしい料理をつくれるなんて、花凛ちゃんって本当に凄い!!!)
感無量である。正司にはまだよく分からないが、この光景は正に独身男性にとっては憧れのもの。記念撮影しておきたいぐらいである。
(今のところ怪しい所業はないわね……)
正司が部屋に来てから料理が運ばれてくる間もずっと彼の観察を続けていた由香里が思う。何かおかしなこと、トリックでも使うようならば絶対に見逃さない。由香里は笑顔のふたりとは対照的に真顔でその動きを見張る。
「正司さん、はい。お箸」
「ああ、ありがとう……」
「由香里も、はい。これ」
由香里は自分に渡された割りばしを見て思う。
(え? この男には専用の箸があって、私には割りばし!? ちょ、ちょっとどういうことよ!?)
花凛は既に正司用の箸を無意識のうちに買い揃えていた。
「いただきますっ!!!」
両手を合わせ大きな声で正司が言う。由香里の視線が正司に向けられる。
「むしゃむしゃむしゃ……、う、美味いいいいいい!!!!」
(え?)
肉じゃがを口に入れた正司が目を閉じ恍惚の表情で叫ぶ。花凛が言う。
「ほ、本当ですか? お口に合いましたか??」
「うん、ずっごく美味しいよ!! こんなに美味しいの食べたの初めて!!」
「そ、そんな~、恥ずかしいですぅ~」
そう言いながら両手で赤くなった顔を押さえる花凛。顔は満面の笑み。続いて味噌汁を口にした正司はその濃厚な味に驚いた。
(こんなごげ茶色のスープが、こんなに美味しいだなんて……、体が、体がみそ汁を飲むことを喜んでいる!!)
「最高の味噌汁だよ……、涙が出て来た……」
そう言って本当に涙目になって言う正司を見て、花凛も思わずもらい泣きをする。
(う、嘘でしょ!? 普通に食べてる!? ま、まさか、今日は上手くできたとか!?)
そう思って由香里が恐る恐る肉じゃがのジャガイモをほんの少しだけ口にする。
(うごぐぐぐぐっ……、ごほっ、ごけっ!! ま、不味いいいいいいぃ!!!!)
いつもの花凛の料理。口に入れた瞬間、吐き出したくなるあの味。
(じゃ、じゃあ、どうして!?)
由香里が正司を見ると、早くも空になった茶碗を手にして嬉しそうにしている。
「花凛ちゃん」
「はい」
正司が空になった茶碗を花凛に差し出して言う。
「おかわり、いいかな?」
「はい、正司さん!!」
そう言って茶碗を受け取ると笑顔でキッチンの方へと走って行く。それを見ていた由香里が思う。
(ねえ、何これ……、お互い名前で呼び合って、ご飯作って貰って、おかわりまで嬉しそうに受けちゃって。これじゃあ、まるで……)
――夫婦じゃん
由香里は目の前で仲良くするふたりを見て、もはや認めざるを得なかった。
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