8.正司さんに、会いたい。

「ふん、ふふ~ん」


 大学の学食。ガラス張りで明るく広い学食に、多くの学生が座って楽しそうにお昼を食べている。ガヤガヤと騒がしい中、花凛が持参したお弁当を嬉しそうに広げる。前に座った友人の由香里が言う。



「あれ~、花凛、なんかすごく嬉しそうだね」


 ご機嫌で弁当を食べ始める花凛を見つめる由香里。花凛が答える。


「え~、そんなことないよ。いつも通りだよ~、ふふ~ん」


 分かりやすい子だ、と思いながら由香里が言う。



「今日はたくさんたまご焼きが入ってるね。どうしたの?」


 由香里は花凛の弁当にぎっしりとたまご焼きが詰まっているのを見て尋ねる。花凛が箸でたまご焼きをつまみ口に入れながら答える。



「う~ん、ちょっとたまご焼きの練習してて作り過ぎちゃった。でも、まだ何か違うんだよね~」


 そう言ってたまご焼きを食べながら首を傾げる。



「本当に料理が好きだよね、花凛は」


「うん、そうだよ。食べる?」


「あ、い、いいよ。今日は遠慮しとく。それよりさ、花凛」



 由香里はフォークでくるくると回してパスタの麵を絡めながら言う。


「前にさあ、花凛を紹介してくれって言ってた先輩の件だけど、覚えてる?」


 由香里から先輩で自分に興味があって紹介して欲しいと言われていたのを思い出す。


「あ、うん。覚えてるよ」


「その先輩がさあ、ほら花凛の条件、『好き嫌いがない人』だよって話したら大丈夫って言うんで、今日とか時間ある?」


「え? 今日??」


 特に用事はない。だけどあまり乗り気がしない。



「大丈夫?」


「え、あ、うん、まあ、用事はないけど……」


「了解っ! じゃあ、早速先輩に電話するね」


 そう言って由香里はスマホを取り出し先輩に電話を始める。



「あ、ちょっと、由香里……」


 花凛が呼び止めるもすでに由香里は先輩と話始めており、今日の夕方花凛の部屋に一緒に来ることを勝手に決めてしまった。






 ピンポーン


「はーい!」


 夕方、部屋で料理の下ごしらえをしていた花凛にチャイムの音が聞こえた。



「花凛~。連れて来たよ、先輩!」


 ドアを開けそこにいた由香里が後ろにいる背の高いイケメンの男性を紹介する。先輩が言う。



「やぁ、花凛ちゃん! ごめんね~、急に。桜坂がどうしてもって言うから!!」


 桜坂は由香里の名字。聞いていた紹介して欲しいという話と何か違うなと花凛が思う。


「とりあえず、どうぞ……」


 あまり乗り気のしなかった花凛だが、由香里の手前仕方なしに部屋へと招く。



「ちぃ~っす!! うわ、めっちゃ可愛い部屋じゃん~!!」


 花凛は隣の正司が男友達も部屋に上げていることに驚いていたが、そのを見てその意味が少しだけ理解できた気がする。先輩が言う。



「いや、花凛ちゃん~、めっちゃ可愛い~し、料理も上手って聞いたけどぉ、マジ、パネェよぉ!!」


「そうだよ! 花凛は料理が大好きなんですよ、先輩!!」


 由香里が彼の表現を微妙に変えて言う。花凛が言う。



「じゃあ、早速何か作りますね」


「マジで~!? 俺、超ラッキーじゃん。いきなり花凛ちゃんの手料理とか~、マジ昇天!!」



 花凛と友達以上の関係になる必須の条件。それはもちろん、


『彼女の手料理を美味しそうに食べる』、である。


 大学内でも美人だと評判の彼女に未だ彼氏がいないのは正にそのため。花凛は愛用のピンクのエプロンを付けると早速キッチンで料理を始める。



「ふふ、ふ~ん」


 いまいち乗り気がない訪問であったが、それでも大好きな料理を始めると気分が良くなる。そしてあっと言う間にハヤシライスとわかめスープを作りテーブルに並べた。



「うわっ、ちょー美味そうじゃん!! 花凛ちゃん、マジやべえ!!」


 来た時からずっとハイテンションの先輩が花凛の料理を見て歓声を上げる。


「マジすげえよ!! 料理できる女の子って、ちょーポイント高いし!!」


「先輩、いいから座って食べてくださいよ」


 由香里がちょっと困った顔で言う。それを聞いた先輩が椅子に座ってすぐに食べ始める。



「じゃあ、頂くね~。がつがつ……」


 そう言うと躊躇なくスプーンでハヤシライスを口に入れる先輩。それを黙って見つめる花凛と由香里。しかしその瞬間はやはりやって来た。



「ぶはっ、ごほっ、ごほっ!!」


 先輩が口に入れたハヤシライスをむせながら吐き出す。



「うごほっ、ごほっ、な、何だよ、これっ!?」


 そしてすぐにスープの器を持って口に流し込む。



「ぐほはっ!! うおわぁ……、おえ……」


 スープも口に残ったハヤシライスと一緒にすぐに吐き出した。下を向き苦しそうにする先輩。花凛はその光景を目にし、不思議と冷静でいられる自分を感じていた。

 水を飲んだ先輩が顔を上げ花凛と由香里を睨んで大声で言う。



「何だよ、これ!! 俺を馬鹿にしてるのか!!!!」


 大きな声。驚いた由香里が先輩に言う。



「だ、だから先輩が何でも好き嫌いなく食べれるって言ったでしょ!? それで連れて来て……」


「これが好き嫌いってレベルか!? お前ら俺を馬鹿にしたかったんだろ!!! こんなクソ不味いもん食べさせて、俺を笑い者にして楽しんでたんだろ!!!」


「ち、違うよ、先輩……」


 先輩が周りをきょろきょろ見回して言う。



「分かった!! この様子を動画に撮ってたんだろ!? それでネットにあげて俺を笑い者にして、馬鹿にして……、いい加減にしろお!!!!」



 ガシャン、バリ―ン!!


「きゃあ!!」


 激怒した先輩が机の上にあった食べかけのハヤシライスとわかめスープを手で叩くように床に落とす。割れる食器。飛び散る花凛の料理。先輩は立ち上がってふたりに怒鳴った。



「お前、ちょっと可愛いからって調子に乗るなよっ!! ふざけんな!!!!」


 ドン!!!


「きゃあ!!!」


 先輩は怒りに任せて机を蹴り飛ばし、そしてそのまま激怒しながら部屋を出て行った。





「うっ、ううっ……、ごめんね、花凛……」


 先輩が出て行った後、恐怖と申し訳ない気持ちで泣き始めた由香里が花凛に謝る。花凛が答える。


「大丈夫だよ。ちょっと怖かったけど、慣れているし……」


 そう言って床に散らばったハヤシライスと、割れた皿を片付け始める。



「ううっ、ごめんね、ごめんね……」


 由香里が床に座って涙を流す。

 モテる花凛の友達である由香里は今日のように男からよく紹介をせがまれる。花凛からも『料理に理解ある人なら友達になりたい』と言われていたので紹介を続けてきた。

 だが、当然ながら花凛の破滅級の料理のせいでいつも上手く行かない。彼女自身その板挟みで苦労をしていた。


 片づけを終え、帰ろうとした由香里に花凛が小さく言った。



「由香里……」


「ん、なに?」


「今日はありがとね」


「い、いいよ。辛い思いさせちゃってごめんね」


 由香里は心から花凛に謝った。



「もうね、ちょっと紹介はいいや……」


「花凛……」


 今さっき起きたことを考えれば当然の言葉。由香里も頷いて答える。



「うん、分かった。ほんとごめんね。じゃあ、また明日」


「うん、また明日」


 そう言って去って行く由香里に手を振る花凛。

 そしてドアを閉めひとりになると、花凛は両手を顔に当ててその場にしゃがみ込む。



「う、ううっ……、ううっ……」


 声を殺して泣いた。

 花凛の目には大切な、大事に心を込めて作った料理が床に飛び散る光景が焼き付いている。それを拾ってごみ箱に捨てる行為。まるで大切な家族を捨てるようにすら感じる罪悪感。

 花凛はそのままベッドに走り布団をかぶって泣いた。



「うわーーーーん!!!!」


 泣きながら思った。



 ――正司さんに、正司さんに会いたいよぉ


 自分の可愛い料理を本当に美味しそうに食べてくれる正司。

 また会って、あの笑顔に癒されたい。花凛は泣きながら心から彼に会いたいと思った。

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