2.破壊的な料理下手のワタシ
「
大学の学食。渡辺花凛の隣に座った友人の
「うん、そうだよ。ごめんね、手伝って貰っちゃって……」
花凛はさらさらの黒髪を耳に掛けながら言う。
「いいんだよ、原因は私にもあるんだから」
由香里の言葉に花凛が慌てて首を振って言う。
「それは違うよ! 私もお願いしたことだから!!」
ふたりが顔を見合わせて苦笑いする。由香里が言う。
「食べよっか」
「うん」
由香里は学食で買ったカレー定食を食べ始める。そしてバックから弁当箱を出す花凛を見て言った。
「今日も弁当だね」
「うん、お料理大好きだし」
花凛が笑顔で答える。
彼女の趣味は料理。一般的な料理からお菓子作りまでとにかく何かを作ることが大好きだった。
ガヤガヤと騒がしい大学の学食の中で花凛が手を合わせ小さく「いただきます」と口にして食べ始める。
「うん、美味しそうだね……」
カレーを食べていた由香里が花凛の作ってきた弁当を見て言う。たまご焼きに鶏のから揚げ、サラダに野菜のおひたしと見た目もバランスも抜群である。花凛が笑顔で言う。
「うん、美味しいよ! 食べてみる?」
(うっ……)
その言葉に由香里が一瞬戸惑う。その沈黙をかき消すように花凛が言う。
「このから揚げ、自信作なんだよ。下ごしらえだけでずいぶん時間が掛かっちゃってね。このたまご焼きなんか……」
花凛の料理話が始まると長い。由香里が諦めたかのような顔をして花凛に言う。
「わ、分かったわ。じゃあ、そのから揚げ貰うね」
「そお? はい、どうぞ!!」
花凛は嬉しそうにから揚げを箸で由香里のカレー皿に乗せる。そして言う。
「ささ、食べて見てよ!」
「あ、うん……」
正直食べたくなかった由香里だが、いつも通りの美味しそうな見た目に恐る恐る口に入れる。
「もぐもぐもぐ……、うっ!?」
「由香里!?」
食べ始めた由香里の顔が真っ赤になり、そして一気に青くなる。
「う、ううっ、うぐぐぐっ……」
由香里が口に手を当てて席を立ち、走ってトイレに向かって行った。
「由香里……」
花凛はその後ろ姿を申し訳なく見つめるとともに、「またか」と泣きたくなるほど悲しくなった。
大学二年の渡辺花凛は、料理が大好きな女の子であった。
とにかく四六時中料理のことを考え、家に帰っては何かを作り、そしてそれを誰かに食べて貰うことが大好きだった。
ただそんな料理好きな彼女だが、大きな問題がある。
(やっぱり私って、料理下手なのかな……)
彼女は極度の料理下手であった。
それはもはや下手と言うレベルではなく、破壊的、絶望的、下手をすれば食べさせた人間の命に関わるほどクソ不味い料理しか作れなかった。
そして始末が悪いことに本人が軽度の味覚音痴であったため、自分で作った料理をそれほど不味いとは感じていなかった。逆に、
(私の料理はまだまだね! もっと頑張らなくちゃ!!)
と何かを作る度にその料理魂に火をつける始末。そんな料理音痴な花凛だが、大学ではとにかくモテた。
「へえ~、花凛ちゃんって料理が趣味なんだ!」
真っ白できめ細やかな肌。肩まで伸びたさらさらの黒髪。大きな目は見つめる相手をどきっとさせ、極めつけは童顔のくせにそれに似合わないほどの巨乳。少し天然のところもあり胸元が開いた服なんかを平気で着て男の前ではにかむのだから、たくさんの勘違いした男が彼女に好意を寄せた。
料理が趣味な上に、花凛は掃除や洗濯などの家事も大好き。学生ながら結婚願望も強く、彼女の夢は、
『たくさん子供を作って美味しい手料理を毎日家族で食べることなんです!』
などと平気で男達に言うものだから、舞い上がった男どもがどんどん花凛に惹かれていった。
そして仲良くなった友達を部屋に呼び、大好きな手料理を振舞う。しかし多くの友達がそれ以降彼女に近付こうとしなくなる。女の子はまだ笑って接してくれるが、男は花凛の顔を見ただけで悍ましい悪夢を思い出し逃げ始めて行く。
ちなみに今回の引っ越しは由香里の紹介で知り合った男友達を部屋に呼び、それ以降ストーカーのように付きまとわれ引っ越しを余儀なくされた結果であった。
「はあ、やっと終わった。ありがとね、由香里!」
金曜の夕方、ようやく引っ越しを終えた花凛が手伝ってくれた由香里にお礼を言った。
「いいってば。あー、それにしても疲れた~、お腹も減ったし……」
由香里はその自然に出た禁句を口にし、はっと我に返る。花凛が笑顔で言う。
「そうだよね、お腹減ったよね。何か作るから、食べてかない?」
まさに悪魔のささやき。地獄へのいざない。
由香里は急にスマホを取り出し時間を見ると慌てて言った。
「あ、ああ。ごめん。今日の夜家に帰らなきゃならないんだ。ごめんね、じゃあ!!」
由香里はそう言って引きつった顔をして帰って行った。
「はあ……」
花凛も理解はしていた。自分の料理があまり美味しくないと言うことを。
大学に入りひとり暮らしを始めてからたくさんの人に食べて貰ったが、それ以降皆が距離を取り始めるのには驚いた。ただ少し楽観的な花凛は『都会ではあまり馴れ馴れしくするのは良くない』のだろうと変な勘違いをしていた。
花凛はひとりベランダに出て空を眺める。
夕暮れ。太陽が空をオレンジ色に染め始めている。近くの家からは暖かな明かりが見える。そのひとつひとつが幸せな家族で、きっと皆で美味しいご飯を食べているのだろうと想像する。
「明日、お隣さんにご挨拶しなきゃね」
花凛は部屋にある段ボールの箱を開け、引っ越しで散らかった部屋の整理を始めた。
「よし、これでいいかな?」
翌朝、朝早くから起きて近所の挨拶で配るクッキーを焼いていた花凛が会心の笑顔になって言った。
オーブンから出て来る焦げたクッキーは花凛にとってはこの上なく美味しそうに映る。この日の為に買って置いた可愛らしい袋にそれらを詰め、青いリボンをつけ完成。
(手作りクッキーを配るなんて、私らしいな!)
花凛はひとりにこにことそのクッキーを見つめ、その出来具合に満足する。そしてまず隣の部屋へ挨拶するために部屋を出る。ドアに付けられた表札を見て花凛が思う。
(橘さん……、確か、昨夜誰かが来ていたような……)
微かだが夜に外から話し声が聞こえた。疲れたので早めに寝た花凛だったのではっきりとは分からない。
ピンポーン
緊張しながらチャイムを押す。
(どんな人だろう……、怖い人だったらどうしよう……)
まだ大学二年の花凛。こういう事には慣れておらずドアを見つめながら緊張で体が震える。
(あれ、出ないな? いないのかな?)
反応がなかったが、念のためもう一度チャイムを押す。
ピンポーン
すると中から寝癖を付けた男の人が出てきた。
(あ、良かった。怖そうな人じゃなかった!!)
安心した花凛が手に持ったクッキーをその男に渡す。
「あ、ありがとう……」
男は寝惚けているのか、眠そうな顔でそう答えた。
青いリボンの手作りクッキー。
この小さなクッキーが自分の運命を一変させるなんて、この時花凛は夢にも思わなかった。
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