お迎え

迎えに来ないで、ときっぱり言い渡された後も、和巳は光を迎えに行った。それも、毎晩。

 涼はそれに気がつていたけれど、止めはしなかった。

 はじめは止めようとしたのだ。

 夜明け頃、ぼんやりと部屋の窓を開け、煙草を吸っていると、その下を和巳が通りかかった。

 和巳さん、と、涼は二階の窓から身を乗りだして声をかけた。

 和巳は素直な仕草で上を見上げ、すぐに涼に気がついた。

 「今晩は、涼くん。」

 あたりは闇に沈んでいたけれど、もう今晩はという時間ではなかった。けれども、おはようにもまだ早すぎる、微妙な時間だったのだ。

 「……光を迎えに行くんですか。」

 その言葉は疑問形にはならなかった。ただの確認でしかなかった。だってこんな時間に和巳が向かう場所なんて、観音通り以外に考えられない。

 「うん。」

 彼の返事はやはり素直だった。すんなりと伸びる高い頭身によく似合って。

 迎えに来るなって、光は言ってましたよ。

 その言葉は、煙草を噛み潰しながら口の中だけで。

 もしかしたら、光は迎えに来てほしいのかもしれないと思った。

 強がりを言っただけで、迎えを待っているのかもしれないと。

 もちろんその待っている迎えは、誰でもいいというわけではなくて……。

 そこまで考えた涼は、煙草の火を窓枠のステンレスに押し付けて消した。

 「行ってらっしゃい。」

 自然な声になっていればいいと思った。揺れや震えなど含まず、和巳のそれのようにすんなりと伸びていればいいと。

 けれどその願いは天には通じなかったらしく、和巳が怪訝そうに目を細めたのが分かった。

 「こんな時間まで起きていてはだめだよ。」

 目を細めたまま、和巳が言った。

 余計なお世話だと思った。

 毎晩この時間には目を覚まして、カーテンの隙間からそっと外をうかがう。そして、光が無事に家に帰っていくのを見届けたら、また一眠りする。

 それはもう、涼の習慣だった。

 しかしそれを和巳に知られるのはなんとなく嫌だったので、涼は黙って頷き、窓から頭を引っ込めた。

 グレイのカーテンを引き、ベッドに座り込んだまま、本日二本目の煙草に火を付ける。

 横になっても眠れないのは分かっていた。

 和巳と並んで歩く光の姿など見たくはないが、彼の無事な姿を確かめるまではどうせ眠れない。

 深く肺に巡らせた煙草の煙を天井に向かって細く強く吐き出し、一瞬の躊躇の後、カーテンをいつもどおりごく細く開ける。

 後10分かそこいらが経てば、和巳と光が並んで歩いていくところが見られるだろう。



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