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「今日もお迎えだよ、光。」

 ピンク色のミニスカートの娼婦が、かたわらの光をからかうように肘でつついた。

 光はうんざりしたようにため息を付き、歩み寄って来る和巳を伏せ目がちに見やった。

 「来なくていいって、言ったよね。」

 その眼差しと同じく、呆れたような、疲れたような、光の物言い。

 それでも和巳は怯まなかった。

 「そうだね。でも俺は、迎えにこさせてって言った。」

 光は黙り、それから短く息を吐いた。

 「本当に、必要ないのに。」

 「心配なんだ。」

 淡々と静かな和巳の言葉に、光は苛立つ。

 いつだって感情を見せはしない人。光を息子としか見てはくれない人。

 「……抱いてもくれないくせに。」

 口にするつもりがなかった言葉が、勝手に喉から転がり落ちた。

 傍らの安奈が、ぴくりと身じろぎをした。

 抱いてもくれない。

 それは光にとって、コミュニケーションの主翼をもがれたも同然だった。

 セックスでしか、肌と肌とを撚り合わせることでしか、光はもう誰とも分かり合えやしない。

 たった一人の幼馴染の涼とですらそうなのだから、新参者の和巳は当然、そうに決まっている。

 安奈のふっくらと白い手が、馬の手綱でも引くように光の腕を掴んだ。

 光は安奈の手に自分の手を重ね、これ以上暴走する意思はないことを示した。

 「帰るつもりはないよ。光くんと一緒じゃないなら。」

 和巳の口調は、やはり静かで冷静だった。

 彼の中の何がここまで光に執着をさせているのか、知っているからなおさら虚しかった。

 玲子。もう二度と戻っては来ないであろう女。

 「連れて帰りたいのは俺じゃなくて母親でしょう。妥協で俺に構うのはやめて。」

 「妥協なんかできみと関わったことは一度もないよ。」

 「嘘つき。」

 「嘘をついたこともない。」

 そこまで黙って二人の会話を聞いてた安奈が、ぽんと光の背を押した。

 「帰りなよ。こんな商売やってるとね、迎えに来てくれる人がいる内が花だよ。」

 光はその手に抵抗しようと安奈を振り向いた。

 そしてそこで、なにも言えなくなった。

 安奈は、どこか遠くを見るような、妙に切なげな目をしていた。安奈のそんな顔を見るのは、光にとってははじめてのことだった。

 安奈には親がいない。

 それだけしか光が安奈について知っていることはなかった。

 ほら、と、安奈が光の肩を押す。

 光は一歩、和巳の方へ足を踏み出した。

 和巳はふわりと笑うと、踵を返して観音通りを後にした。

 光は短い逡巡の後、もう一度安奈に背を押されて和巳の後へ続いた。





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