3

涼と和巳が観音通りへ足を踏み入れたとき、光は街灯の下に立ち、ピンク色のミニスカート姿の女の、これまたピンク色の傘に入っていた。

 女と光は何やら言葉をかわしては笑っている。

 そろそろ夜明けが近い時間帯だったので、もうふたりとも客を待つ娼婦と男娼の顔はしていなかった。ただ、仲のいい友人同士がおしゃべりに興じているだけに見えた。

 涼はその光の姿を見て、声をかけることに躊躇を覚えた。それは和巳も同じだったらしく、二人はちらりと顔を見合わせた。

 するとそのタイミングで、光が涼と和巳の存在に気がついた。

 「なにやってんの? 傘、持ってきてくれたの?」

 ああ、と、涼と和巳はかろうじて頷く。

 光はどこからどう見ても観音通りに馴染みすぎていた。男娼の顔をしているときならともかく、ごく自然体で立っているだけなのに。

 「変なの。二本も傘、いらないよ。」

 冷めた口調で光が言うと、その肩のあたりでピンク色の女が笑った。

 「帰ろう。」

 と和巳が言った。

 光はあっさり頷いて、女の傘から出ると涼の傘に飛び込んできた。

 「安奈さん、ありがとう。」

 短い礼に、ピンクの娼婦は斜に構えた眼差しだけで応じた。年齢はそう光や涼と変わらないのだろうに、その仕草は堂に入っていた。多分、もう長いことこの通りに立っている女なのだろう。

 どこか引っかかるようなぎくしゃくとした動きで、涼は光にビニール傘を差し出した。それとほとんど同時に、和巳も黒い傘を差し出していた。

 光は二本の傘を呆れたように見比べ、両方を手に取った。

 「ありがと。でも、一本で足りるから。ていうか別に迎えに来てくれなくていいから。」

 そう言いながら、光はビニール傘を広げてさした。

 涼と和巳は黙って視線を交わした。

 自分たちはこの世に例がないほどの間抜けだという気がしていた。

 しばらく三人は、黙ったまま肩を並べて歩いた。

 すると唐突に、それは本当に唐突と言えるタイミングで、和巳が口を切った。

 「迎えに来させてよ。」

 あまりにその言葉が急に投げ出されたので、涼と光はきょとんと和巳の顔を見上げた。

 和巳は白い顔をしていた。ぎゅっと結ばれた唇が、彼の生真面目さを物語っているようだった。

 しばらく無言の間が空いた。

 涼は手持ち無沙汰に傘傾け、水滴をアスファルトに落とした。

 子供の頃からの涼のその癖を横目で見ていた光は、来ないで、と言った。

 「来ないで。……あの通りであなたは、きっと……。」

 その先を、光は口にしなかった。

 きっと、なに? と問い返した和巳にも、首を横に振って見せただけだった。

 涼には、きっと、のその続きが分かっていた。

 きっと、玲子を見つけてしまうから。

 そこから先は、誰もなにも喋らなかった。

 雨がしとしとと降り続いていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る