3

ぱちりと唐突に目を開けた光が、涼だ、と言った。

 「それ以外なにがあるんだよ。」

 「……ないねぇ。」

 「寂しい男だな。」

 「俺、涼の側でしか眠れないから。」

 どくん、と、涼の心臓が妙なリズムで脈打った。

 涼の側でしか眠れない。

 その言葉だけが欲しくて、延々と授業をさぼり続けていたのだという気がした。

 「もう、悪い夢は見ないのか?」

 胸の脈打ちを誤魔化すように口にした言葉。

 光は少し笑った。それは妙に透明で、秋の青空みたいに澄んだ表情だった。

 「見ないよ。」

 涼の肩から頬を離し、ベッドの上に身を起こしながら、光はさらさらと言葉を続けた。

 「起きてる間だけで怖いものを見すぎたみたい。今は俺の夢って、ただ真っ暗なだけだよ。」

 寂しい言葉のはずだった。悲しい言葉のはずだった。それなのに明るい口調を崩さない光が、一番寂しくて悲しかった。

 光の幼馴染でありながら、彼の言う『怖いもの』を一緒に見てやることのできなかった涼は、咄嗟に両腕を伸ばして光の背中を抱きしめていた。

 「涼?」

 少し驚いたように、光が涼の手の腕に自分のそれを重ねる。

 「俺が毎晩一緒に寝るから、ウリなんかやめろよ。」

 振り絞った言葉だった。

 窓から入る昼下がりの太陽が、光の色素の薄い髪をますます白茶けて見せていた。

 「やめられないよ。」

 ぽつん、と光が言う。

 「ウリくらいしないと、和巳さんは俺に構ってもくれない。」

 絶望的な台詞だった。涼は怖くなって光を抱く腕に力を込めた。

 いつもすぐそばにいた幼馴染が、どこか暗くて遠い場所に行ってしまいそうに思えた。

 「俺じゃダメなのか。」

 言葉は問いかけの形にはならなかった。もっと悲壮な、縋るような口調になっていた。

 光は少しの間黙って、じっと涼に抱かれていた。

 そして窓からふわりと秋風が入ってきたのを潮に、彼は涼の腕を自分の身体からどけ、立ち上がった。

 「ダメとかダメじゃないとか、そういう話じゃないと思う。」

 涼はどかせられた両腕をどこに持って行って良いのか分からず彷徨わせたまま、光の次の言葉を待った。

 しかし光はもう何も言わず、涼を振り返るとちょっと微笑んだ。

 差し込む秋の光に溶けていきそうな微笑。

微笑んだその顔のまま、光は床に落っこちていた衣類を一つずつ拾い上げてするすると身につけた。

 「じゃあ、またね、涼。」

 そう言われてしまえば、涼にはもう光を引き留めることができない。

 涼は和巳ではないし、苦しんでいた幼い光を一度たりとも助けてやれなかった負い目もある。

 「おう。」

 それだけ返した涼に、光は安堵したようにひらひらと手を振った。



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