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涼が目を覚ました時、光は涼の肩口に顔を突っ込むようにしてすやすやと眠っていた。

 昔のことを思い出す。

 光は一人で眠れない子どもだった。怖い夢を見るのだ、と、絶望的な顔をして涼に打ち明けてきたことがある。

 それなのに唯一の家族である母親は、男を作っては家を出て光を一人ぼっちにした。

 涼の両親は、光の家庭と関わることを嫌がっていたから、幼い涼が夜に光と一緒に眠ってやることはできなかった。

 その代りのように、二人は授業をさぼっては予備倉庫で眠った。体育倉庫のさらに奥にあったその倉庫には、もう使われなくなった壊れた跳び箱や破れたマットが雑多に積み上げられていて、誰かが入ってくる心配はまずなかった。

 その倉庫の中で、破れたマットに寝転がり、光は今と同じように涼の肩口に突っ伏して寝た。

 会話はなかった。ただ眠るためだけに光はそこにいたから。

 眠れない涼はいつも、光の半分しか見えない寝顔を眺めていた。

 白い厚ぼったいカーテンが引かれた窓から入る、重たげな陽光。埃っぽい匂いと、微かな光の寝息。

 中学に入ると、光は幽霊部員しかいない映画研究部に入部し、部室の鍵を手に入れてきた。

 狭い部室だった。ソファと、VHSかLDしか再生できないテレビ。それだけで一杯になってしまうような。

 その部屋の匂いも、予備倉庫に似ていた。

 焦げ茶色のあちこち破れたソファの上で、光と涼はセックスをした。

 涼にはそれが、光の自傷行為だと分かっていた。分かっていて、止めることはできなかった。いや、しなかった、が正解だろう。

セックスなんかしてしまったのは、ただ並んで眠るだけにしては、お互いの身体が大人になってしまったせいだと言い訳をした。

 本当は、光の肌を手放したくなかっただけのくせに。

 高校でも光は、幽霊部員しかいない囲碁将棋部に加入して部室の鍵を持ってきた。

 その鍵を見せられた時の感情を、涼は今でもうまく自分に説明できていない。

 じゃーん、とおどけた効果音を口にしながら、涼の前にぼろぼろの黒い紐にぶら下がった鍵を見せてきた光。

 涼は何も言わず、その次の授業をさぼって囲碁将棋部の部室に忍び込んだ。

 そして色あせた畳の上で、当たり前みたいにセックスをした。

 ずぶずぶと沼に嵌まって行くような不安と恐怖はあった。幼馴染と二人でどこまでも沈んでいくような。

 それでも、どこか安堵はあったのだ。光が涼とのセックスを望んでいると、はっきり分かったことに対して。




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