父子

「離してよ!」

 「離さない。」

 「なんで!?」

 「話がある。」

 だったら、と言いながら、光は和巳の手を振り払った。そう強く掴まれているわけではなく、手は簡単にはがれた。

 そのことが、悔しくてもどかしかった。

 もっと強く捕まえていて。

 口にした言葉とは真逆に動く心がうるさい。

 「だったら金払ってよ。ホ別一万五千だよ。」

 「払うよ。その気で来た。」

 泣きたくなった。バカにするなよと。けれど涙は出てこない。ただ、ずいと和巳に向かって手を伸ばした。

 「金。」

 すると和巳は素直にその手に札を二枚握らせた。

 「ホテル行くよ。」

 刺々しい口調になった。バカにされている。抱いてくれるつもりなんかないくせに、こんなところまで来てこんな金なんか払って。

 なにかから逃げるように早足で歩く光に、和巳は素直について来た。

 観音通りの中ほどにある、いつものホテル。

 内層がベージュで統一されていて、ラブホっぽくないところが気に入っていつも使っている。そのホテルの前を、光は通り過ぎた。

 そこから数えて四件目。ピンクの城みたいな外観の、いかにもなラブホテル。その前で脚を止め、ここでいいかと顎先だけで和巳に問う。

 和巳は、どこでもいいよ、と頷いた。

 前に客の趣味で一度だけ使ったことのあるホテルだ。内装は白とピンク、照明は濃いピンク、しかも天井は鏡張りときている。

 和巳は薄いピンクのカバーがかかったベッドに腰を下した。

 光は隣に座る気にもなれなくて、白い壁に寄りかかって腕を組んだ。

 「なにしに来たの。」

 「迎えに。」

 「必要ないよ。」

 「あるだろう。」

 「どうして。」

 「危険だから。」

 そう言って、和巳は光の頸に刻まれた痣に手を伸ばした。

 光はその手を払いのけた。

 「迎えが必要なら涼にでも頼むよ。余計なお世話。」

 「それでも、俺はきみの父親だから。」

 「違うって言ってるでしょ。あんたは俺の父親なんかじゃない。母親がどっかで引っかけてきただけの男だ。」

 光の母親は、男をとっかえひっかえ遊んでいるようなタイプの女だった。和巳はその中の一人、たまたま結婚までしてしまった不幸な男だ。実際結婚して半年もたたないうちに、玲子は他の男を作って出て行った。

だから和巳は、真実光の父親なんかではない。

 「それでも俺は、光くんを息子だと思ってる。なにか悩んでるなら相談してほしいんだ。こんなふうに自暴自棄になるんではなくて。」

 悩んでいる原因はお前だ、と言いたかった。

 それなのに言葉は喉の奥に引っかかって出てこない。




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