3
お兄さん幾ら。
そのひとことで幾人にも身を売った。
街灯の下に帰って来ないユキは、多分一晩をあの大きな男に売ったのだろう。それか、今頃ラブホテルの一室で首を絞められて冷たくなっているか。
「死んでなければいいけどな。」
呟き、無意識に首に手をやる。
「死んでなければって?」
独り言を聞きとがめて口を出してきたのは、ユキの友人の安奈だった。彼女はそこまで顔立ちが整っているわけではないのだが、男好きのする顔かたちと、白くふくよかな体を持っている。
「ユキさん。戻ってこないから。」
「ユキ? あいつはそんなに馬鹿じゃないよ。」
「ですよね。」
安奈が光の頸に目をやる。スタンドカラーのシャツを着ていても、手形はわずかにはみ出して赤い色を滲ませていた。
「死にそうなのはあんたの方じゃない。」
見るからにふわふわとやわらかい肩を竦めて、安奈が呆れたように言った。
それはそうだけど……、と思いつつもすかさず光も言い返す。
「安奈さんだって。今日は何Pかましてきたんですか?」
「少ないよ。4。」
「4は多いでしょ……。」
「そう?」
ピンク色のミニワンピースに赤い傘姿の安奈は、ハードなプレイにも対応できる娼婦として人気があるらしかった。
それは最近の光も同じことで、だからか安奈といるとき光は気持ちが楽だった。
ふう、と光がため息を吐くと、その脇腹を安奈の白くやわらかな肘が小突く。
「あの男、あんたのこと見てるよ。ため息なんてついてる場合じゃないよ、愛想振り撒きな。」
あの男? と目を上げた光は、その男の顔を確認して仰天した。道の向こう側に所在なさげに立っているのは、どこからどう見ても和巳だったのだ。
「やばい。知り合い。」
「知られたらまずい人?」
「まずいです。」
どうせ和巳は光が売春していることくらい知っている。初めて身体を売った晩、なにをどうしてきたのか事細かに話してやったのは光だ。
ひどい客とひどいプレイをしてきた後だった。和巳はそのとき手のひらで口元を覆い、嘔吐に耐えてすらいた。
だから、ここで和巳に会うとは思ってもいなかった。連れ戻しに来たとしか考えられない。
「逃げな。」
安奈は赤い傘を傾け、光を男の視線から隠してくれた。光はその傘のバリアの中で呼吸を整えると、一目散に観音通りの奥へ駆け出した。
「光くん!」
和巳の声が追ってくるが、街灯の下の女たちと、その間を鮪みたいに周遊する男たちの中に紛れてしまえばこっちのものだ。
「光くん!」
しかし、その鮪の周遊ゾーンにたどり着く前に、光の腕は和巳の手にがっしりと握られていた。
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