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「なんで観音通りなんかにいるの。」

 男がそう訊いた。

 かつては長屋だった観音通りの建物群を改築したラブホテルの一室だった。

 よく訊かれることだ。時代錯誤の立ちんぼなんかやっている光の生い立ちやなんかを根掘り葉掘り聞きたがった挙句、セックスだけはしっかりやっていく男。

 うんざりだった。人格を取り戻したくはなかった。

 「親に借金があって。」

 だから光は適当な嘘を吐く。客にとって光がただの肉であるのと同じように、光にとって客はただの金でしかない。どうしてそれが分からないのかと半ばあきれてしまう。

 「親の借金か……。随分苦労してるんだね、若いのに。」

 憐れむような男の声音に、光はただ曖昧な微笑を返す。

 「いつからあの通りにいるの?」

 「1ヶ月くらいですかね。」

 「その前は? なにをしていたの?」

 「学生。」

 適当に応えながら、光は服を脱ぐ。早くシャワーを浴びましょう、と、男に微笑みかけながら。

 ホテル代別一時間一万五千円が男にとっての光の価値であるのと同じように、光にとっての男の価値も一時間一万五千円でしかない。それに気が付かない男は滑稽で苛立ちを誘った。

 かつて、ここがラブホテル街ではなく、女たちが住む長屋が立ち並んでいた頃、娼婦たちは自分の部屋で20分いくらで客を取っていたらしい。

 そのときの方が楽だったな、と光は思う。

 20分だったら、こんな面倒な会話をしている時間なんかない。

 「はやく、気持ちいいことしましょうよ。ね?」

 つまらないことを言っている、と思う。自分がとんでもない馬鹿になったような気がする。それでもこうやって人格をなくす時間を持たなくては、やっていられなかった。人格をなくし、身体だけを求められる時間。

 それが光には必要だったのだ。

 客とシャワーを浴びて、ベッドに入る。男の物を舐めるのも、尻に挿れるのも挿れられるのも、もう慣れた。初めの頃は絶望的な気持ちになったものだが、今はもう何も感じない。

 男が喜ぶように喘ぎ声を出して、身体を抱き寄せて、肌と肌とを縒りあわせる。

 男は光の名前を呼んだ。

 光は聞こえないふりをした。

 脳裏には、和巳の顔があった。

 実の息子は抱けないと言ったひと。

 本当だろうか、と思う。この男がそうであるように、和巳にだって性欲はあるはずだ。  本当だろうか。聖人ぶってみても、セックスしてしまえば客の男と変わらないのではなかろうか。

 そんなことを考えながら、光は男の物を体内で緩く締め付けて射精を促している。





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