ウリ専
光が立つ場所はいつも決まっている。観音通りに入ってすぐの街灯の下だ。
この通りは残酷で、各々の縄張りがはっきりしている。観音通りの入り口、しかも街灯の下に立てるのは、若く美しい娼婦や男娼だけだ。後は歳をとったりみにくくなるたび、街灯から離れた観音通りの奥に追いやられる。
光はこの通りに立つようになってまだ1か月の新参者だ。それでも18歳という若さと、女のように整った顔立ちが光に街灯の下を約束している。
「光。おはよう。」
声をかけてきたのは真白い衣装で身を固めた男娼だった。男娼の中では珍しく女の格好をしている彼は、名前をユキと名乗っている。それが本名なのかどうかを光は知らない。
「おはようございます。」
「今日は天気が悪いから駄目かもねー。ついに光もお茶っぴき体験だ。」
にこっとユキが笑うと。真白い歯がピンクの唇からちらりと零れる。
この通りでは、女を買いたい客は女を買うし、男を買いたい客は男を買う。ユキのような女装の売り専はかなり珍しい。
ぽつり、と頬を打つ雨に、光は目を細めた。今日は天気まで悪いのか。
「傘、持ってるの?」
「持ってないです、買ってこようかな。」
「もったいないよ。入れてあげる。俺の傘でかいし、今日は予約の客がもうすぐ来るはずだからさ。」
ばさりと大ぶりのビニール傘を広げたユキは、すいと光の真隣に立つ。
もともと光は、他人に側に来られるのが苦手だ。例外は涼くらいのもので。
しかし、ユキに隣に来られるのは不快ではなかった。それどころか、ふと肩を預けたくなるような不思議な安心感さえあった。
「……ユキさんが売れるの分かります。」
「なに? 傘貸したから?」
「いや、そうじゃないけど……。」
「なに、気になるじゃん。」
「上手く言えないんですけど……、」
「うん。なになに?」
そんな会話を交わしていると、ユキの予約客だと言う男がやってきた。
随分と大きな男だった。光は昨日の男を思い出し、反射みたいに自分の頸に手をやった。
「じゃあ、行って来るね、傘は今度返してくれればいいから。」
ひょい、と軽やかな動きでユキが客の黒い蝙蝠傘に飛び込んだ。一気に彼女の白い全身が黒い影に染まる。
気を付けて。
言おうとして言えなかった。客の前だからというのもあるし。どうせ光だって同じ穴の貉だからという理由もある。
去って行くユキの背中を見送る光にも、一人の男が声をかける。
「お兄さん、幾ら?」
この三か月で聞き慣れた台詞だった。光を一人の人間としてではなく、ただの商品として交渉してくる男。
気が楽だった。とても。
光はただ、人格を失って商品になりたいがために、観音通りに立っているのかもしれなかった。
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