第66話 記憶の改ざん

 僕達は三人で話し合うことにした。シズカだけ外にいるが、僕と香里奈が玄関に入れば敵が襲ってくることもない。


「それでシズカは女性で間違いないんだな?」


 急に手を股間に押し付けられた時は驚いたが、男にある特有の膨らみはなかった。僕と同じ股間が主張しないタイプなのかと思っていたため、急に裏切られた気分だ。


「それにシズカじゃなくてリンコだよ?」


「グギャ!」


「えっ? 今はシズカなの!?」


 それだけで話せる香里奈に僕は驚いた。シズカって基本的に「グギャ!」「グギャギャ!」ぐらいしか言わないのだ。


 テイムしている本人なのに申し訳ないと思う。


「ははは、お兄ちゃんってそんなこと思っているんだね」


「えっ?」


「だってシズカが"グギャ"しか言わないから申し訳ないって」


「今何も話していないよね?」


 何か口に出したかと思ったが、話した記憶は一切ない。それに香里奈も気づいたのか、スマホの画面を僕に見せてきた。


「私の固有スキルってSNSなんだ」


 SNSってあのSNSで合っているのだろう。僕の"キャラクタークリエイト"も不思議だが、香里奈のスキルも変わっていた。


「私はフォロワーの数で強くなる仕組みなんだ。それでこのスマホにある会話アプリを開いてシズカに向けると……」


『私を男だと思っていたなんて、ご主人様は本当に馬鹿なのね』


「こんな感じに話した会話が翻訳されたり、考えていることが見えたりするの」


 プライベートが筒抜けの能力に僕は驚いた。それにしてもシズカは僕のことをご主人様と呼んでいた。


「ちなみにカメラでお兄ちゃんを撮るこんなこともわかるんだ」


 写真を撮ったスマホ画面にはお馴染みのステータス画面が出ていた。香里奈の説明ではアイテムや装備品、敵の情報も香里奈のスキルで見ることができるらしい。


「それにしてもこの伏せ字の長さって何?」


 僕の頭にはチン長の二文字が浮かび上がった。だが、ここで頭に思い浮かべたら香里奈のスキルで僕の息子の大きさがバレてしまう。


「世の中には知らない方が良いこともあるんだぞ」


「あっ、そうなのね」


 香里奈は気にすることもなく、そのままスマホの画面を閉じた。


「むしろスキルよりも香里奈がここにいることの方が驚きなんだが……」


「それは私も同じだよ! 私は記憶を消去していたから忘れていたけど――」


「記憶の消去!?」


 僕の言葉に香里奈は頷いていた。


「私がこの鏡の世界に来たのは小学生の高学年から中学生の時なんだ」


 その時って少しずつ香里奈が明るくなった時だろう。単純に思春期で明るくなっていたと思っていたが、それが記憶の消去と関係するのだろうか。


「この世界って自分の心とリンクしているんだ。今はお兄ちゃんの気持ちとリンクしているから、外は比較的明るいでしょ?」


 香里奈の話では、鏡の世界は反転しているのではなく、今は僕の心とリンクしているらしい。嫌なことがあればこの世界は夜中で、良いことがあれば昼間になっている。


 確かに初めて来た時は夜中だった。それは香里奈も同じで初めは真っ暗になっていたらしい。


「自分の願いが叶って、来ることがなくなれば自然と鏡の世界の記憶は消去される。そして、私に関わっていた人達の過去の記憶も改ざんされるんだ」


 香里奈は自分の過去の出来事も含めて今の真理に行き着いた。確かに香里奈の記憶が戻った今、ぼやけていた昔の記憶もはっきりと覚えている。


「きっとシズカが私のスマホに映った時から影響していたんだと思うけどね」


『香里奈のスマホはこっちの世界を映し出すことができるもんね! 私のことを気づいてくれるのを待ってたのよ!』


「あー、シズカ大好き!」


 二人は再び仲良く抱き合っていた。ここまで来たらシズカは完璧に女性にしか見えない。


 今まで疑っててすみませんでした。


『ご主人様を追いかけてもなぜか逃げていくし、本当にこの人は馬鹿なんだからさ』


 そう言いながらも大事そうにゴブリンの首飾りを触っていた。


 ずっとシズカが僕を追いかけていたのは、気づいてもらうためだった。それも知らずに僕は逃げていたのだ。


 シズカはずっと襲う気はなかった。それがわかるだけでも僕としても良い収穫になった。


「あっ、お兄ちゃん早く帰らないとお母さんが心配してる!」


 スマホを見ていた香里奈は時間が経っていることに気づく。そういえば、学校帰りに鏡の世界に来たため、家の中は荷物も置きっぱなしになってぐちゃぐちゃになっているだろう。


「またすぐに来るからシズカも元気でね!」


『別に待ってないんだからね!』


「ふふふ、シズカって昔からツンデレなんだよね」


 僕達はシズカにまた来ると約束して元の世界に帰ることにした。


『私もずっと一緒にいたいよ』


 彼女の声は僕達に聞こえていなかった。

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