第67話 私の決意 ※香里奈視点
私達は急いで元の世界に戻ると、ゆっくり見つからないように部屋に戻る。どうやら兄は母に見つかったらしく、話を聞かれていた。
会話の内容は聞こえなかったが、私の好きなショートケーキがないと母は喚いていた。
「またあの世界に行くとは思わなかったな」
記憶から消された鏡の世界。私は再びあの世界に行くとは思いもしなかった。
当時私はスマホを買ってもらったばかりで、友達登録をする人も家族ぐらいしかいなかった。
両親からは塾で帰るのが遅くなるからと言われて渡されたが、当時の私には不要だった。
兄が中学生になり、私は本当に一人ぼっちになった。それまで兄が気にして、保健室にいた私と一緒に給食を食べたりしてくれた。
兄の方が体が弱いはずなのに、精神的にも壊れていた私は保健室にいた。
だが、ある日を境に私の人生は一変した。
ネット世界では顔がわからないから、友達ができると思った。だが、見た目がわからないからと友達になってくれる人はおらず、現実は甘くなかった。
そのためSNSに載せる写真を撮るために、鏡の前に立っていると何かに躓いたのか、振り返った瞬間にふらついた。
姿勢を戻すために鏡に凭れようとしたら、みるみるうちに体は飲み込まれあっちの世界に行っていた。
私の固有スキル:SNSはSNSのフォロワー数でステータスが上がるスキルだった。
その分、鏡の世界から戻る頃にはどこか精神的に安定して、生きてても良いと言ってもらえているような気がした。
鏡の世界だけが本当の私を認めることができた。
きっと自己肯定感が低かったあの頃は精神的な支えになっていたのだろう。
その時に出会ったリンコ……今はシズカだけど、彼女と出会ったことで友達との距離感を学んだ。
そんな大事な異世界の記憶は、私がどんどん現実世界で生きやすくなった頃には忘れていた。
「シズカすごい寂しがってた」
再び再会したシズカは私の顔を見ると、一瞬辛そうな顔をしていた。でも私が名前を呼ぶと嬉しそうに走ってきた。
あんなに一緒にいた友達の名前と姿も忘れるなんてね。
「私も忘れられるのかな……」
SNSにたくさんきたコメント。そのほとんどが誹謗中傷の内容だった。フォロワーはどんどんといなくなり、今は7割近くしか残っていない。
この数時間でみんな私から離れていったのだ。
兄は傷ついていないと言っていたし、特に気にしてはいなかったけど、明日からの生活は不安しかない。
そして、私の昔の記憶が蘇ったということは、他の人も私の昔の姿を思い出すことになる。
再び私の心が影を落とす気がした。
――トントン!
しばらくしたら部屋の扉を叩く音が聞こえた。ご飯ができたのかと思ったが、呼びにきたのは母ではなかった。
「香里奈今いい?」
部屋の扉を叩いたのは兄だった。私が部屋に案内すると、兄はスマホを片手にモゾモゾとしていた。
「動画撮らないか?」
「えっ?」
あれだけ動画を撮ることを嫌がってた兄が、自分から頼んできたのだ。きっと私を慰めるためだろうが、それでも私は嬉しかった。
私は撮影するためのスタンドとライトを用意してスマホの前に立った。
「どーもKARINA――」
「とその兄です!」
何とも言えない私達の紹介に少し笑ってしまう。兄もそれなりに自己紹介を考えていたのか、チラッと見えた腕にはたくさんの文字が書いてあった。
「今日は出回っている僕の動画についてです」
兄はその後も自分の過去を赤裸々に話し出した。どれも私に対しての言葉ばかりでいつのまにか、私の目には涙が溜まっていた。
「そういうことなので、妹をよろしくお願いします。あと、僕の妹を傷つけたやつは許さないから覚悟しておけよ!」
いつもは言わない強気な口調に私は驚いた。それでも少し手が震えているのは、兄も怖いと思っているのだろう。
その姿に再び私は決意した。
大丈夫!
今度こそ私が兄を守ってあげるから……。
そのためにも鏡の世界に行って、さらにKARINAという存在が兄の力になると証明してみせる。
動画は編集もせずにそのまま投稿すると、瞬く間に拡散され、スマホの通知は鳴り止まなかった。
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