第64話 あの時の記憶

 僕はシズカとともにイーヴィルアイの大群に向かう。中央には人影があり、小さく丸まっていた。


「香里奈なのか?」


 僕の言葉に反応したシズカはビクッとしていた。


「グアアアアアアアアア!」


 次の瞬間シズカは大声を上げる。今まで聞いたことない声に僕の背筋がゾクゾクとする。


 もうその姿にヒロインという言葉は似合わないだろう。忘れていたがシズカも立派な魔物だ。


 シズカの声に反応したイーヴィルアイは空に飛んでいくと、小さく丸まっていたのは香里奈だった。


 僕は香里奈に近づくと小さな声で何か呟いていた。


「ごめんなさい。もうお母さんの邪魔をしないから閉じ込めないで!」


 その場で優しく抱きしめると震えは止まりだした。


 シズカはイーヴィルアイが近づかないように警戒している。


「香里奈大丈夫か? 僕が来たからもう大丈夫だよ」


 頭を優しく撫でると次第に瞼が開き、視界に映る僕を探していた。


「僕はここにいる。大丈夫だ」


 香里奈は僕と目が合うと涙が溢れ出てくる。今まで必死に逃げていたからなのか、体中がボロボロになっている。


「お兄ちゃん嫌わないで。私を一人にしないで!」


「ああ、大丈夫だ。一緒にいるからな」


 こんなに弱っている香里奈を見るのは子供の時以来だ。少しずつ蘇ってくる記憶を不思議に思いながら、優しく香里奈を抱き上げ、今は逃げることだけを考える。


「シズカ逃げるぞ!」


「ギャ!」


 シズカはどこか嬉しそうにこっちを見ていた。ひょっとしてシズカも僕に抱きかかえてもらいたいのだろうか。


 大きさ的にはいけるかもしれないが、金棒とエプロンを装着できるだけの筋肉があるシズカを持ち上げられる気がしない。


 僕が走り出すと、目の前にイーヴィルアイが現れた。


 ギョロギョロと僕の顔を見る瞳に自然と吸い込まれる気がした。


 気づいた時には僕の足は止まっていた。





「あんたなんかと日向ひなたが付き合うわけないでしょ!」


 突然の出来事で僕の頭は混乱している。あの時の記憶が鮮明に蘇るのだ。


「優樹菜ちゃんやめなよ。告白されたわけでもないのに駒田くんに失礼だよ」


「それがおかしいんだよ! 日向はこんな手紙をもらって狙われていることぐらい気づきなよ!」


 この後、日向は同じように謝るのだろう。


「駒田くんごめんね。早くいくよ!」


 嫌な記憶を抉り取るように記憶が再生される。僕はあの時のあの場所を客観的に見ていた。


 みんなの視線が僕に集まり、ここから僕への嫌がらせが始まった。


 きっかけは日向達のせいかもしれないが、こんな見た目をしている僕が悪かったのは仕方ない。


 窓ガラスに映る僕の姿は、以前のようにデブで小さく、長く伸びた髪に隠れた赤く炎症したニキビ跡が目立つ気持ち悪い顔をしていた。


 心に余裕が出来てきた今だからこそ思うが、確かにいじめの対象になるのは必然的だったと思う見た目をしている。


 それでも以前より昔の姿を好きになれるような気がした。


 こんな見た目になったきっかけが、妹を助けるためだったと知ったら、めちゃくちゃカッコいい男に見える。


「日向が言わないから私が言ってあげてるのよ。こんな気持ち悪い男に私だって声をかけたくはないわよ」


「牛女の目は節穴なんだな。見た目しか興味がないお前は自分の顔を鏡で見た方がいいよ」


 僕が優樹菜に言い返すと、彼女達は時間が止まったように動かなくなった。


――パリン!


 窓ガラスが割れたと同時に僕は元の世界に戻される。


 元の世界と言っても鏡の異世界だ。


 イーヴィルアイはシズカの手によって足元で死んでいた。


 僕はそのまま香里奈を抱えて再び走り出す。


 イーヴィルアイの能力。


 それは嫌な記憶を見せる精神干渉系魔法だった。

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