第17話 現実とのリンク

 現実世界に戻ってきた僕はそのまま浴室へ向かう。きっとマーキングされたであろう足を洗うためだ。


 風呂椅子バスチェアに腰掛けた僕は目の前の光景に驚く。


「顔が綺麗になっている」


 これだけ聞いたらナルシストだと思われるだろう。だが、実際に鏡に映ってる僕の顔からは赤みが減り、クレーターのように凸凹したニキビ跡も薄くなっていた。


「こっちは……変わらんか」


 急いで視線を下ろすが、どうやら息子に変化はないようだ。できればここも変わると思春期の僕としては嬉しい。


 雑誌にも大きければ良いと一番後ろに書いてあるぐらいだ。


 浴室から出て、鏡に映る姿はさっき見た時よりもどこか好きになれそう。今まで自分の姿が嫌いだった僕が、肌が変わるだけで気持ちも明るくなった気がした。


 それでもまだ学校に行く気にはなれなかった。


 僕が着替えて部屋に戻ると、どこか外が騒がしくなっていた。


「サイレンが鳴っている?」


 窓を開けると救急車が集まっているようだ。ゴブリンが轢かれた大通りに集まる救急車。どこか胸騒ぎがして僕は家を出た。


 大通りには人が集まっていた。何か話しているところに僕は近づいた。


「集団催眠にでもあったんじゃないかしら?」


「それにしてもおかしいわよ」


 だが、聞こえる声は何かを怪しむ声だった。僕は勇気を振り絞って声をかける。


「あのー、ここで何かあったんですか?」


「あらま、こんなイケメンに声をかけられて嬉しいわ」


「ははは、何を言ってるのよ!」


「だって私が若かったらこれナンパよ?」


「ほらほら、イケメンくんが圧倒されてるじゃないの!」


 声をかけたおばさん達は楽しそうに笑っていた。この年代の人って若い男の人が声をかけたら、いつもこんなことを言っているのだろうか。


「それで――」


「あっ、そうそう。ここで事故があったのよ」


 おばさん達は奥にある車を指差していた。奥には車が止まっており、フロントバンパーが大きく凹んでいた。中はエアバッグが出ており、一目見て何かにぶつかったんだとわかるほどだ。


「それで救急車が集まっているんですね」


「それが目撃者はたくさんいるのに、轢かれた人が誰もいないのよ」


「どういうことですか?」


 救急車が来ているということは、事故にあったすぐは誰かが倒れていたのだろう。その誰かがいつのまにか消えたと言っているようなものだ。


「みんな消えちゃったのよ!」


 思っていたことがどうやら的中していた。どこかに消えてしまった被害者。


 事情を聞かれている運転手も困惑しているが、それよりも警察官達がどうすれば良いのか迷っていた。


 運転手一人だけの証言であれば、何か麻薬をやっていると思われただろう。だが、他にも何人か事故現場を見た人達がいるらしい。


 辺りには心霊現象や怪奇現象、集団催眠が起きたと言っている人達もいるぐらいだ。


 僕はお礼を伝えて家に帰ることにした。確実に目の前で起きたことは、あの鏡の世界で起きたことと関係しているだろう。


 今後は気をつけないと、現実の世界で迷惑をかけることになる。


「あっ、お兄ちゃん!」


 帰ろうとしたら、事故現場の近くに香里奈がいた。


「お兄ちゃんも気になって見に来たの?」


「あっ……そうだな」


「ふーん。そういえば、お兄ちゃん学校どうだった?」


 香里奈は特に事故に関しては興味がないようだ。それよりも学校について聞かれると答えられなくなってしまう。


 今日も逃げ出してしまった。殴られたり、蹴られたわけでもない。僕の心が弱かったのが原因だ。


 こんな兄で香里奈は――。


 俯いていた顔をそっと上げると香里奈は僕を見ていた。


「ねぇ、お兄ちゃん?」


「ん?」


「家まで競争しようか! よーい、ドン!」


 そう言って、香里奈は全力で家まで走った。昔から元気だった香里奈。


 僕はそんな香里奈に助けられてばかりだ。


 少し痩せて動きやすくなった体で、必死に追いかける。


「ははは、お兄ちゃん走れるようになったんだね」


「おい、ちょっと待ってよ――」


「後に着いた方がアイスの奢りだからね!」


 息が苦しく今にも吐きそうだが、香里奈のおかげでどこか心が軽くなったような気がした。

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