第15話 勝てない相手

 暗闇の中、どれだけ見えない何かにぶつかったのかはわからない。それでも僕は逃げることしかできなかった。


 遠くで光る赤い瞳が少しずつ近づいてくるのが分かる。さっきよりも数が増えたのか、足音がたくさん聞こてくる。


 咄嗟に小さく屈み、あいつらが居なくなるのを必死に待つ。触れている感触では電柱だろう。


 さっき蹴られた時に肋骨が折れたのか、息をするだけでも肋骨が痛む。必死に押さえて息を堪えるが、走った影響で息が切れ、肺が膨らむことで肋骨を強制的に動かす。


 ゆっくりと足音が近づき、ついに僕の目の前で立ち止まった。


 ここで殺されると思ったが、何か温かいものが体を濡らす。その衝撃と臭いに僕は目を開けた。


 そこにはゴブリンの姿もなく、尿のようなものをかけられた僕だけだった。


 近くに赤い瞳が浮いているか確認し、ゆっくりと立ち上がる。


「痛っ!?」


 歩いた衝撃で肋骨が痛む。このままでは家に着く前に、また見つかったら逃げ切れる自信はない。


 ふとポケットに薬草を入れていたことを思い出す。何かわからない草だが、今はこれに頼るしかなかった。


 ポケットから取り出し、手に取ると小さく丸めてそのまま口の中に入れる。


 口に入れた瞬間に青臭さが口の中に広がる。僕は必死に噛み砕き飲み込んだ。


 次第に顔がだんだんと熱くなり、燃えてくるような気がした。薬草を吐き出そうとしても、飲み込んだため、出るのは嗚咽だけだ。


 同時に肋骨も熱くなり、体全体が燃えているように痛みが走る。


 声を出してしまえば、ゴブリンは僕を見つけて襲ってくるだろう。


 必死に歯を噛み締め、痛みに耐える。


 徐々痛みに慣れてきたのか、体全体がぽかぽかと温かくなった気がしてきた。


「あれ? 痛くない……」


 肋骨の痛みも弱まり、僕は再び立ち上がる。歩いた衝撃による痛みも無くなっていた。食べたのは本当に薬草だったのかも知れない。


 痛みがなくなった僕は家に戻るために必死に走った。どこか明るくなったのか、さっきよりも見やすくなった気がした。


「あそこを曲がれば家に――」


 ステータスをHP体力に振った影響か、前よりも息切れがしにくいようだ。


 あと角を曲がったら家に着く。そんなことを思ったがやはり上手くはいかない。


 家の前には赤い瞳が浮いていた。ゴブリン達は僕が戻ってくると思い、待ち伏せしていたのだろう。


 足音に気づき気持ち悪い声で笑っていた。笑い声がどこか僕をいじめていた、あいつらと同じように聞こえてしまう。


 再び向きを変え、僕は走り出した。ゴブリンも僕の存在に気づいたのか追いかけてきている。


 距離は遠くなるが、大きく迂回すれば家の前に着くことができる。さっきよりも明るくなった。いつも通る道であれば問題ない。だから僕は全力で走る。


 息をするのが苦しいほど足を動かす。


「あっ……」


 だが、僕の体力も限界に来ていた。小さな段差に足を引っ掛けてしまった。


 気持ち悪い笑い声を発しながら近づいてくるゴブリン。


 きっと獲物を捕まえたと思っているのだろう。


「動け! 動け!」


 今までこんなに走ったことない僕の足はもう動かない。必死に足を叩くがピクリともしない。もうダメだと手を止める。


 ゴブリン達は僕の目の前に来て大きく手を上げた。その手にはホーンラビットのトングを持っていた。薄らと見えたゴブリン達は皆何かしらの武器を持っていた。


 初めから僕が勝てるような相手ではなかったのだ。


 できれば痛くないように死にたかった。僕は逃げるのを諦めて目を閉じた。


「お前なんか消えて居なくなればいい」


 耳に聞こえてきたのは、ゴブリンの声ではなく、あいつらの声だった。

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