第5話 駒田家

 僕は目の前にいるホーンラビットに向かって、必死にトングを突き刺しては抜いてを繰り返した。


 意外にもスルッと体に刺さるホーンラビットの角は殺傷性が高い。


「これで痩せられる……。僕はいじめられなくても済むんだ」


 血が体についても構わず、素早く動作を繰り返した。血の臭いに釣られて、家へ逃げる前に他のホーンラビットが寄ってきてしまう。


 一体倒しては家の中に戻り、隣の部屋から外を眺める。


 そしてホーンラビットが再びスマホのライトに向かってきたタイミングで後ろの一体を狙って倒す。


 それを何度も何度も朝日が出るまで繰り返した。


 気づいた時にはクエストの終了を知らせる声が聞こえていたが、何かに取り憑かれたかのように僕はホーンラビットを倒した。


「もう朝か……」


 朝日を浴びるとどこか隠れていた裏の自分が消えていく。


 いつも周囲を気にして目立たないようにしていた自分が初めて出たような気がした。


 僕は重い体をゆっくりと動かしながら脱衣所の鏡の前に立った。


「何だこの姿は……」


 そこには大きく醜い姿をした僕が血だらけで立っていた。


 本当に殺人鬼のような姿をしている。僕はその場でパジャマを脱ぎ捨てると鏡の中を通り抜けた。


【デイリークエストクリアに伴いステータスポイントがユーザーに反映されます。体重-3kg減少しました】


【報酬として3万円を手に入れた】


【特別報酬として称号ホーンラビットの敵対者を手に入れた】


 どこか昨日より楽に鏡の中を通れたような気がした。





 現実の世界に戻ると、僕の手には3万円が握られていた。きっとクエスト報酬で手に入れたお金なんだろう。


 鏡の世界でパジャマを脱いでいたが、パジャマはそのまま脱衣所に同じように置いてある。


 改めて鏡の世界と現実の世界が繋がっていることを実感した。


 僕はバレないようにパジャマを隠すと、浴室に向かってシャワーを浴びた。


 浴室にある鏡に映る姿はどこか細くなった気がする。


 二日で-5kgも落ちればいくら太っていても、少しは変化が見てわかるはずだ。


 嬉しさを噛み締めながら、着替え終わるとすでに家族は起きていたのか、リビングにいるみんなは眠たそうに目を擦っている。


 同じく僕もずっと鏡の世界にいたから欠伸が止まらない。


「あっ、お兄ちゃん起きて……どうしたの?」


「どうしたって何が?」


「なんか痩せたのかな……? 顔が疲れているよ」


 妹の香里奈かりなは僕の顔を見て驚いていた。


「中々寝られなくて目を覚ますためにお風呂に入っていたんだが、疲れているのかな?」


 その場で言い訳を考えたはずだが、香里奈以外に両親も頷いていた。


「昨日の心霊現象が怖くて寝れなかったわ」


「私の部屋も電気が勝手に何回も着いたよ」


 やはり鏡の世界で起きたことは同じように起きるのだろう。


 父は相変わらず新聞を読んで黙っている。


 僕はそのまま玄関の扉を開けて外を確認していくが、なぜか外は家の中と異なりホーンラビットの遺体や血はついていないようだ。


 昨日母が帰ってくる時に外から叫び声が聞こえなかった。


 庭が血だらけになっていたら、あの時点で叫んでいたはずだ。


 少し不思議に思っていたが、外が元通りに戻るなら叫ぶこともないだろう。


 リビングに戻った僕に香里奈が声をかけてきた。


「お兄ちゃんはあの時どうしてたの?」


「夜中のことか?」


「そうそう。お兄ちゃんだけ起きてこなかったからさ」


「男には言えないことがあるんだ」


「……」


 父の一言に家の中は静かになる。


 いつも無口な父が話したと思えば、誤解を招くようなことを言い出したのだ。


「あっ……そうだよね。お兄ちゃんも思春期だもんね」


 ほら、香里奈も顔を赤くして服をパタパタとしている。


「いや、ここ最近体調が悪くてそのまま寝ていただけだよ」


 僕以外の家族は起きてリビングに集まったらしい。


 一度真っ暗になったのはみんなで手分けして消した時だろう。


「やっぱり電気の故障なのかな?」


「今は点いているから大丈夫じゃないか? 健も体調が悪いならゆっくり寝ていなさい」


 今日は珍しく父が話している。さっきのことを申し訳ないと思っているのだろうか。


「じゃあ、僕は学校を休むよ」


「私も今日は休むね。ほぼ一睡もできなかったし」


 父も無理に学校には行けと言わない性格だからか、体調が悪いと言ったことを心配していた。


 僕は寝るために部屋に戻ることにした。


「お兄ちゃんどこかおかしいよね?」


「いつもなら朝ごはんもたくさん食べていたのにね」


 その後もリビングからは僕を心配する香里奈と母の声が聞こえてきた。


 ごめんね。


 体調が悪いのは嘘なんだ。


 またみんなに注目されて虐められるのが嫌なんだ。


 さっきも玄関から外に出ようとしたが、体の震えが止まらなかった。


 僕は家族にそんなことも言えずに、ただ部屋に籠りベッドの上で体を休めることにした。

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