第8話 銃撃


 やたらめったらに撃っても状況は打開されない。考えろ。考えるんだ。


 ワンボックスに乗りながらもう一度頭を捻った。敵が移動しながら狙撃していることは間違いない。ただ、どこから撃ってきているのか正確な場所が分からない。


 こんなことは初めてだった。これでも一応訓練を受けた身だ。銃撃を受けたらどの方向からどんな種類の銃で撃たれたのか、おおよその見当はつくはずだった。今回は銃の種類……ライフルであること……は見抜けた。狙撃されたおおよその方角も見抜いたつもりだった。だが俺が思った場所には俺の思うようなものが落ちていなかった。


 回収したか? そんな推測が頭を駆け抜ける。だがどこに飛ぶかも分からない薬莢を、それも二発分、回収するのはやや手間がかかるし、仮にそれができたとしても火薬の燃えカスまで始末するのは掃除機でも持ち出さないと不可能だ。何だ? どんな手を使って自分の痕跡を消している? いや、もしかしたら俺の勘が外れているのか? 疑念が自分の手を染めていっているような気がした。こんな不安な思いは初めてだ。

 だが、とにかく。

 車を走らせる。先程俺と狙撃手とがすれ違っているであろう七階から八階に移る廊下の方に向かう。手前の辺りで車を停めると、陰に隠れながら、そっと周囲の様子を伺った。何もない。誰もいない。


 そっとジェシカのいる方に向かう。


 狙撃されるリスクがある。それは分かっていた。


 だが今は相手の情報が欲しい。一手でも多く相手に打ってもらって、その情報を手掛かりに相手の位置を割らねば。


 そう、慎重に俺は吹き抜けの場所へ向かった。おそるおそる下を覗く。と、再び銃声が轟いた。俺の傍にあったコンクリートの柱が砕ける。撃ってきた方角はおそらく三時の方角。かなり急な角度だったから二階上……十階くらいから撃ってきたのだろう。


 この時俺はある予想を立てた。さっきから立て続けに俺への狙撃を失敗している。敢えて外している、のかもしれないが、しかし三連続で俺に弾を当てられないのは狙撃の腕がない証拠だ。嬲り殺しにするにしても、足や腕を撃ってからじっくり、という選択肢だってあるはずだ。それをしないということは、逆説的に……。


 痕跡を隠している方法さえ割れれば何とかなる。


 そう思って俺は吹き抜けから慎重に遠ざかりつつ、必死に頭を働かせた。さっきから頭を働かせてばかりで、頭脳派じゃない俺は本当に苦労を強いられたが、しかしワンボックスカーに乗り込んだあたりで、ふとあることに気が付いた。


 運転席に座ったまま、後部座席の方を見る。目測。何となくでいいから、空間を測る。


 ……あり得る。あり得るのだが。


 今度は窓の外を見やる。駐車場の中、乗り捨てられた、あるいは不法投棄された車や家具が山ほどある。この中から探す……骨が折れそうだ。

 だが、あるいは、もしかして……。


 さっき、敵はおそらく十階から撃ってきた。ここから上るには……少々骨が折れる。だが、ジェシカのため……俺はあの笑顔を思い出した。紅茶を淹れて俺に勧めてくるジェシカ。楽しそうに将来について話すジェシカ。ジェシカそのもの。彼女は希望の星、みんなが言っていることが朧気ながらに分かってきた気がした。俺は車から降りると歯を食いしばり、物陰に隠れながらゆっくりスロープを上っていった。まったく、こんな調子じゃ日が暮れるぜ。



 十階についた。仕事はこれからだ。俺は靴を脱いで裸足になった。靴下は履かない主義だった。


 駐車場は十一階建て。つまりここからは屋上に行くしかなくなる。道中、怪しげなものは見つからなかった。きっとこのフロア、ないしは十一階のフロアにいる。それは間違いなかった。


 銃で警戒しながら先へ進む。途中見つけた車は片っ端から触れていった。冷たい、冷たい、冷たい、冷たい。温度を確かめる。もちろん車内を確認してから。投棄されている家具の類も丁寧に調べていった。俺はひたすらにそんな作業を繰り返した。


 やがて十階のフロアを全て確認した頃だった。


 地面に水滴が落ちているのを見つけた。それは点々と続く足跡のようで、俺はいよいよ自分の仮説の裏付けを得たような気持ちになった。これが、罠じゃなければ……。俺は静かにその痕跡を辿った。水滴は十一階、屋上へと続いていた。


 ふと、ジェシカを思う。


 吊るされたジェシカ。彼女は大丈夫だろうか。彼女にもしものことがあったら、俺も廃棄処分されるんだろうな。自分に向かって放たれた「廃棄」という言葉に何だか泣けてきた。それはおかしいことだった。ついこの間までなら、国家の道具としての自分に大きな違和感はなかったから、廃棄だの何だのという言葉に今ほどの屈辱感はなかったはずだった。


 だが、ジェシカが俺の中の、何かを変えた。


 そんな大袈裟なものじゃない。ハッキリ言って日常の中でほんのちょっと……例えば髪型を褒められた程度の話だった。だが人はそんな簡単なことでも変われるものだ。気持ちが変わると行動が変わる。行動が変われば人格も変わる。人格が変われば気持ちも変わる。そんな三竦みの関係なのだ、人間というのは。自分らしくない悟りに俺は再び苦笑した。何が三竦みの関係だ。馬鹿馬鹿しい。


 水滴の跡をたどった。屋上、広がる空は鉛色で、俺の心に、大きな鉄製の蓋をしてくるかのようだった。


 果たして水滴は続いていた。


 大型の、ワゴン車の下へと……

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