第7話 宣戦布告
被弾した場所から十時の方角、敵のいる場所。
落下したジェシカ。
どっちに行くべきか。
……ジェシカの方を優先すべきだろうな。俺は螺旋状になった通路をできる限り物陰に身を潜めながら進んでいった。一周回って何とか五階に辿り着いた俺の目に飛び込んできたのは、やはり消化ホースでぐるぐる巻きにされたジェシカだった。よく、観察する。
ジェシカは六本のホースを使ってぶら下げられているようだった。先程狙撃で切られたのはその内の一本らしい。一本切るごとに一階分落ちる仕組みになっているらしく、残った五本の内一本はぴんと張り詰めているが残りはだらしなく伸びている。
狙撃手がどこから狙っているか、まだ漠然とした方角しか分かっていないが、おそらく俺がジェシカに近づこうとしたところでジェシカのホースを撃ち、俺を狙撃手当人から遠ざけて、どんどん俺が不利になる状況に持っていこうとしているんだろうな。
くそ、こっちはグロック、あっちはライフル……連発してきたことからオートマチックライフルの可能性もある。どう考えても勝てねぇ。至近距離に近づかねぇと……。
――敵を叩いてからだな。それからジェシカを助けよう。
素早く、かつ身を守りながら上階へ行く手段――。
俺は背後に目を走らせた。古びたワンボックスカーが一台、放置されていた。
*
エンジンをかけるのに苦労した。なんせ鍵がない。配線を引きちぎって繋ぎ合わせる必要がある。古典的な手だが一応やり方は知っていた。フランスに派遣された時、乗り捨てられた車を使っての追跡があったので、その時に身に着けた技術だった。
何度目かのアプローチでようやくエンジンが唸り声を上げる。こちらの音が相手に聞こえることは気にしなかった。どうせ居場所はバレている。だったらできるだけ早く安全に敵のところに行くのが吉だ。
ハンドルを回しアクセルを全開に踏み込むと、俺は六階の狙撃を受けた場所から十時の方向……つまり、七階のある一角を目指して車を走らせた。やがてその場所の近くまで到着すると、俺は車を捨て、拳銃を構えたまま前進し、敵の居場所を探った。間違いなく、俺を狙撃したポイントに着いた……はずだった。
だが目の前に広がった光景を見て俺は絶句する。
――狙撃した形跡がない。
普通ライフルを使って射撃をすれば、近くに薬莢や、火薬の燃えカスなんかが落ちているはずだった。しかし今俺の目の前には、空の薬莢、火薬の黒い跡。いずれもなかった。俺は自分の目測が外れたことを検討するために、今いる場所からジェシカが吊り下げられた場所を眺めた。完全にあの場所から十時の方角にいるはずだった。しかし狙撃手の形跡は全くない。混乱した。もしかして、もうひとつ上の階からか?
しかし八階からだとどうしても狙いの角度が急になる。やはりここから撃ったと考えるのが妥当だが……と、迷っている暇もないので俺は再び車を走らせると八階の同じ場所へと向かった。しかしそこにもやはり空の薬莢や火薬の燃えカスはなかった。俺はいよいよ混乱した。
何だ? どんな手を使っていやがる? 狙撃の痕跡もなくこちらを撃つことなんて可能なのか……? なんて考えている間に、俺の近くのコンクリートの柱が弾け飛んだ。慌てて頭を覆う。撃たれてる……撃たれてる!
立て続けの発砲に俺は全力でダッシュし慌てて乗りつけていたワンボックスカーの背後に回った。銃撃は一旦止んだ。俺は再び頭を働かせた。
――二時の方角から撃ってきやがった! 七階から八階に来る途中の通路だ!
つまり俺と狙撃手とはすれ違ったことになる。いったい、いつ? 道中妖しい奴なんて見かけなかった。この建物には俺と狙撃手とジェシカ以外、誰もいないはずだ。
くそ、幽霊みたいな野郎だな。
まだ相手が男かどうかも決まっていない内に俺はそう思った。向こうが搦め手で来るならこっちも搦め手だ。俺は声を張り上げた。
「よう!」
俺の声がコンクリートの世界に木霊する。
「よう! ハンターさんよぉ!」
誰も応えない。だが俺は続けた。
「ジェシカを攫って俺を撃って……ご苦労なこったが目的は何だ? 場合によっては手伝えるかもしれないぞ!」
原則として、我が国はテロリスト相手に交渉はしない。
だが搦め手で行くと決めたのだ。こういう変化球を投げてやれば相手も動揺するかもしれない。その躊躇いが隙を生む。そう考えての一言だった。
しかし返事はつれなかった。
「……お前が死ねばそれでいい」
やっぱり男か。俺は返ってきた狙撃手のコメントにそのまま告げた。
「生憎ちょっと銃弾を撃ち込まれたくらいじゃ死なない体でなぁ!」
「……なら、来い。蜂の巣にしてやる」
「遠慮しとくぜ」
俺はグロックの撃鉄を起こした。
「どんな手使ってるのか知らねぇけどよ。今からお前のこと捕まえてやるからな」
しばしの沈黙。
そして次にやってきたのは、重たい鉄の塊だった。
狙撃。俺の近くのコンクリートが弾ける。
「やれるもんならやってみろ」
さてさて。
こうして俺対テロリストの戦いの火蓋が切って落とされた。俺は必死に頭を働かせると、息を整え、それから車に乗り込んだ。
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