第6話 狙撃


 Salmartなんて行くのはいつぶりだっけ……そう思って記憶を掘り返してみたが、どうもオンラインショッピングでトランプを買っただなんてことを思い出すばかりだった。遊び相手なんか、いないくせにな。


 シティメトロ横、州と州の境目になっている巨大な河の近くにあるSalmart廃墟に辿り着いたのは午前十時のことだった。そういや出勤カード押してないな……これって勤怠的にはどうなるんだ? そんなことを考えながら車を停めた。廃墟横にある、かつては植え込みだったであろうちょっとした森の中に駐車した。


 拳銃、催涙弾、予備のマガジンに、ナイフ、それからモニークと通信するイヤホン……俺は装備を一通り確かめると、ドアを蹴破る勢いで開けて外へ出た。頭上、左右、とりあえず安全を確認してから施設に近づく。前方に裏口らしきドアを確認した。金属製で見通しは悪そうだが盾にはなる。あそこから入ろう。


 周囲を警戒しながら前に進む。土、砂利、アスファルトと踏み進んでいくとドアに辿り着いた。開ける。三方に銃を向け安全を確認すると、壁にある案内図でここがどこかを調べた……どうも北館搬入口Aというところらしい。


「ハーバード」

 イヤホンを通じてモニークが話しかけてくる。

「ジェシカにつけたマイクロチップの反応を探知した。南館六階の駐車場よ」

「南館六階?」

 俺はうんざりして天井を見上げた。

「地球の裏側くらい距離あるぞ」

「駆けつけなさい」

 にべもなくモニークが返してくる。

「仕事でしょ」

「喜んで勤めせていただきます」

 俺は銃で周囲を警戒しながら進んだ。

「南館六階ね」

 暗い搬入口を通ると、少し開けた売り場へと出た。そこかしこにネズミの食い散らかしや……何だか分からない野生動物の糞が転がっている。とんでもねぇところに来ちまったな。そうは思ったがため息も出ない。

 建物中央にあるエスカレーターは当然の如く動いていない。階段代わりにはなりそうだが、何せ開けた場所にある。下手をすれば四方から攻撃される。使わない方が得策だろう。


 フロアガイドを見て非常階段のある場所を確認する。六階ね。六階。いい運動だぜ。俺は急ぎ足で階段を上る。

 そうこうして辿り着いた六階は、どうもかつて書店か何かがあったらしく、背の高い棚がいくつも並んだ空間だった。まるで海底だな。サンゴ礁がそこかしこに……。深海魚よろしく俺は棚と棚の間を歩く。


 駐車場、駐車場、と少し彷徨っていると、無事にトイレ横の通路が駐車場に通じていることを確認した。俺は元自動ドア……俺が近づいてもびくともしねぇ……を蹴破ると、コンクリートの床を踏みしめた。使われなくなって久しいからか、そこかしこにひびが入っていて、今にも崩れてしまいそうだった。

「モニーク、南館六階駐車場に着いた」

 俺が告げるとモニークが返してきた。

「Aフロアにジェシカの反応」

「敵についての情報は?」

「何も分からない」

「おい、仕事だろ」

 俺は声を荒げた。

「ジェシカ邸のエレベーターにあったカードなら画像共有したよな?」

「古い型のプリンターを使っているみたいなのよ。電子印刷じゃないから型番が辿れないの」

「ハイテク、ローテクに敗れ去る」

 やはりため息も出なかった。

「仕方ねぇ、現場百篇……」


 そうつぶやいて歩いている時だった。


 ぶらんとぶら下がった何かが見えた。最初、それは破壊された消火栓か何かかと思ったが……しかし違った。白いホースが巻き付いていたのは濃紺のスーツ、そしてスラっと伸びた足には黒いハイヒール……ジェシカが昨日着ていた服だ。

 ジェシカ! と声を上げそうになる。しかしまだ敵の情報がつかめていない。迂闊な行動は危険を招く。そう判断して静かにジェシカがぶら下がっているあたりを目指した。


 やがてジェシカの正面にある柱に辿り着くと、俺は再び周囲を警戒してジェシカを視認した。気を失っている……らしい。だが目に見える範囲で外傷はない。

「ジェシカ……ジェシカ!」

 声をかけてみる。だが返事はない。

 顔面は蒼白で、不自然な格好で吊るされているからか眉間にしわを寄せている。くそ、ここから手を伸ばして届くか? ギリギリの距離感な気がした。俺は再び周囲を警戒してから、そっとジェシカに近づいた。だがその時だった。


 腹の底に響くような重い発砲音が一撃、轟いた。刹那、ジェシカが落下していく。

「ジェシカ!」

 思わず叫ぶ。だが即座に。

 第二撃が響き渡った。俺の足下のコンクリートが、えぐられたように塊で弾け飛ぶ。

 慌てて近くの柱の後ろに転がり込む。撃たれた。撃たれた。だが怪我はない。くそ、危ない。誰だ? どこから? 落ち着け。落ち着け。

 狙撃だった。弾け散ったコンクリートの塊の大きさから考慮するにそれなりに口径の大きな銃だ。それよりも、くそ、落とされたジェシカは無事なのか? 俺は記憶の中を泳いでいく。


 ――落下音は、なかった。


 ジェシカが地面に落ちたような音はしなかった。いや、発砲音に掻き消された可能性はあるが、しかしジェシカは大切な人質だ。犯人側もそう簡単に殺すとは思えないし、殺すつもりならエレベーターを破壊した段階でそうしていただろう。一旦、ジェシカの命はあるものと考える。


 それよりも、さっきの狙撃……。

 危なかった。俺がジェシカのために一歩前に出ていたら確実に脳天を撃ち抜かれていた。発砲音に反応してバックステップを踏んだから回避できたが、そうじゃなかったら、今頃俺の脳漿は背後にスプレーみたいにぶちまけられていただろう。


 くそ、狙撃手を探さないといけねぇ。

 周囲を探る。不法投棄と思われる冷蔵庫や棚、車が雑多に転がっている。ひとまず遮蔽物には困らなさそうだな。俺は静かに動き、狙撃手のいるであろう場所を検討する。

 俺の足下のコンクリートは、俺が四時の方向に弾け飛んだ。と、いうことは、さっき立っていた場所から見て十時の方向にいることになる。おあつらえ向きにも駐車場のロータリーは時計回りに上に上っていく設計だった。このまま行けばあのくそ野郎を見つけられるはずだ。

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