第5話 誘拐と挑戦


 翌朝、俺は出勤するジェシカを護衛するべくジェシカ邸の玄関に車をつけた。クラクションを数度鳴らして合図を送った。静寂が響いた。

 おかしい。そう判断したのは数秒後だ。

 俺は車を降りると周囲を警戒しながらジェシカ邸に近づき、セキュリティを自身のカードで開いて中へと入った。

 異変にはすぐに気づいた。

 ジェシカ邸エレベーター。ジェシカ邸はプライベートスペースが地下にあってエレベーターで下りる仕組みになっているのだが、ドアが僅かに開いていた。おかしい。

 辺りを警戒しながらエレベータードアを開ける。拳銃につけておいたライトの明かりで下を見た。箱がなかった。人が乗る箱が。代わりにシャフトに大きな穴が開いていて、どうもそこから箱は抜かれたらしかった。油断した。まさかこんな大掛かりな手で来るとは思わなかった。


 エレベーターごと誘拐しやがったんだ。俺は近くにぶら下がっていたワイヤーを使って下に降りると、エレベーターごとぶち抜いた穴の向こうを眺めた。地下鉄の地下道か何かに繋がっているのだろう、レンガ造りの壁が見え、そしてそこに一枚のカードが貼られていた。俺は近づいてそれを見た。そこにはこうあった。

「残念。フラスコの中に入れっぱなしだったな」


 *


「旧シティメトロのトンネルが南東の方角にずっと続いているわ」


 地上に上がり、俺はモニークと通信しながら車を走らせた。ジェシカ邸近くの地下鉄の穴。それがどこまで続いているかを調べさせた。地面を掘り進めていきなりジェシカの家の真下に繋ぐなんて芸当は絶対に無理だ。元ある地下道を利用して……例えば地下鉄の道とか……適当なところまで移動したと考えるのが吉だろう。シャフトの穴で見たレンガの壁も、おそらく古い地下鉄の坑道の基礎と考えるのがよさそうだ。現在使われている地下鉄だと何かと不便だからもう使われなくなった地下鉄……旧シティメトロなんてうってつけじゃないか。しかもその手の歴史的価値のありそうなものの上に「始祖」の家を建てる。この国のしそうなことだ。


「トンネル近辺でテロリストのアジトになりそうな建物を見つけた。元Salmartの施設跡よ。今は空きテナントで、ほとんど廃墟と化しているみたい」


 Salmartと言えばこの国最大手の量販店だ。山ほどポップコーンが売っている。そしてそう、そういう建物は車で来る客が多いから立体駐車場のどでかいやつをいくつも持っていたりする。確かに誰かを誘拐するにはうってつけの場所かもしれない。


「五分で向かう」


 俺はまたも乱暴に車を走らせた。カーブを曲がる時のタイヤの音が、何だか悲鳴みたいに聞こえた。この車もようやく、俺の車らしくなってきた。

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