第3話 過去
それから男は駆けつけた警官に連れられて行った。重要参考人として俺も話をする羽目になるかと思ったが、しかし俺は連れていかれなかった。多分モニークが、護衛の仕事を続行できるように手配したのだろう。
俺はジェシカと対面した。俺たちの母。俺たちの始祖。
彼女は「ホムンクルス」という言葉を投げつけられても平気なのだろうか。作られた命だと、所詮は紛い物だと言われても気にしないのだろうか。
「あなたがハーバードね」
ジェシカは、あんなトラブルがあったにも関わらず妙に明るい調子で俺に話しかけてきた。ボートハウスの外。彼女は桟橋の上に行こうとしたが止めた。的になりに行く必要はない。桟橋には遮蔽物がない。
「あなたも私と同じデザイナーチャイルドなのね」
「ああ」俺は短く答えた。
「お互い難儀な命だな」
しかしジェシカはクスッと笑った。
「ねぇ、あなたには……」
ジェシカが急に俺の顔を覗き込んできた。
「あなたには、夢や目標はある?」
「夢や目標?」
俺は笑ってしまいそうになった。
「あのなぁ、俺たちデザイナーチャイルドは、作られた使命さえ果たせば……」
「そんなことないよ」
ジェシカは無邪気に笑った。
「生きてるんだもん。希望を持とう」
希望。
記憶が蘇る。
希望。
俺はそんなものは、持てない。
「今日は家まで送る」
俺はこれからの業務について触れる。
「定時にここで待っている。それまで俺は事務所周辺の警備に当たる」
「そっか」
ジェシカは、やっぱり笑った。
*
ジェシカの家は一応核シェルター並みの防護設備になってい
る。これでもデザイナーチャイルドの始祖だ。国の重要所有物といったところか。
同じデザイナーチャイルドでも、俺の扱いは異なる。俺は使い捨ての駒。死んでも他のが作られる。
ジェシカを家の入り口に送り、セキュリティゲートをくぐらせ専用エレベーターに乗せると、俺は彼女を送った車に乗り込み一息ついた。今日の出来事、具体的にはあの言葉を思い出す。
「フラスコの中からは出られない」
フラスコ。フラスコの中。
思い出す。あの日のことを……。
*
あの日、俺は戦闘に駆り出されていた。アラカルトの一派との戦闘……と表向きは報道されていたが、実際は「7th」を裏切って敵対したデザイナーチャイルドの抹殺作戦だった。
裏切り者の名前はジェームズとトーマス。遺伝的に近しい存在として作られた、いわゆる「兄弟」だった。実際二人はとてつもなく仲が良かった。仲が良かったが故に、その事件は起こった。
多分、俺たちデザイナーチャイルドは自分のことについては諦めがついているのだが、人のこととなると話が違うのかもしれない。
ジェームズとトーマスは、多分自分自身のことについては諦めていた。しかし互いに互いのことは……つまりジェームズはトーマスを、トーマスはジェームズを、諦めていなかった。
お互いがお互い幸せになってほしい。その結託が組織の裏切りへと繋がった。知能を高められたジェームズ、戦闘力を鍛えられたトーマス。施設を脱走し、反政府組織へと近づいた。敵対組織に自国の製品を渡したくない合衆国政府は……二人の抹殺を命じてきた。その作戦に俺が関与した、というわけだ。
戦闘は激化した。俺はジェームズとトーマスの通信を切り、ジェームズがトーマスに入れ知恵できないようにしてから、トーマスと対峙した。彼の肉弾戦は鮮やかかつ力強くて、俺は何度か弾き飛ばされそうになったし、俺と一緒に任務に参加していた特殊部隊も軒並み倒された。
その内ジェームズまで姿を現し二対一の戦いになった。二人の息の合った攻防は手強く、俺はかなり苦戦した。
だが、二人が俺を圧倒し、逃げの一手をとろうとしたその瞬間、俺は隠し持っていたグロック26でトーマスを射撃。仕留めた。その時トーマスはジェームズに何事か伝えていたが、最終的にジェームズはトーマスを見捨てて逃げた。俺はズタボロになりながらトーマスの元に行き、そして生死を確認した。トーマスは生きていた。
「おれ……おれ……俺たち、は……」
トーマスは息絶えようとしていた。彼は続けた。
「フラスコからは、逃げられない」
デザイナーチャイルドに言ったら激昂する言葉。その中に含まれるのがこの「フラスコ」だ。
だが俺は怒る気力もなかった。ただ黙ってトーマスを見た。
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