第2話 偽物


 事務所は一応、高度なセキュリティで守られていた。政府関係者のIDがないと入れない仕組みだ。

 だがそれが破られた。俺は少し混乱しながらジェシカの事務所に到着した。


 ジェシカの事務所はかつてボートハウスだったものを改造して作られたものだ。必然港に隣接している。俺は車をボートハウス脇に滑り込ませると手近にあった窓を見た。きっと魚が、逃げただろうな。そんなどうでもいいことを考えながら車から転がり出た。向こうに怪しい人影があった。背高のっぽの男の姿。


 あれが敵だ。即座にそう判断した。

 俺は銃を取り出すと頭上に向けて数発放った。二階の窓ガラスが割れて飛び散る。のっぽが足を止めた。狙い通りだった。


 あいつがどこのどいつか知らないが、セキュリティを破って侵入し、その上中にいる人に危害を加えようって言うなら間違いなく戦闘のプロだ。そして戦闘のプロは……俺みたいな……想定外の攻撃を受けたら一度立ち止まって状況を読むことを原則としている。よくある勘違いは、敵は想定外の攻撃を受けると一度撤退して体勢を立て直すという解釈だ。逆なんだ。素人の考えとは。


 俺が頭上に弾を撃ったのはそういう目的だ。あいつを足止めした。そして今、あいつは俺の目の前にいる……! 

 突進して窓ガラスを破った。そのまま床に転がり込んで起き上がりざまに引き金を思いっきり引く。

 俺の愛銃はグロック18だった。これだけで伝わる奴には伝わるだろう。分からないって言うなら……この後の展開を書こう。


 のっぽは蜂の巣になった。グロック18はフルオート射撃が可能だ。フルオート射撃っていうのは、引き金を引きっぱなしにしていれば弾切れになるまで連射してくれる機能のことだ。俺は引き金を思いっきり引いた。それはそう、そういうことだ。


 悲鳴にもならない悲鳴を上げてのっぽが倒れる。奴の手にも銃があった。型番は分からないがおそらくベレッタだ。床に落ちるのと同時に蹴っ飛ばしてはるか彼方へ送っちまったから確認のしようがないが、多分ベレッタだ。


 俺は銃をしまうと辺りに目を走らせた。

 事務所の中に人がいた。正確には女が三人。怯えた様子でこちらを見ていた。


「おい、ここにいるジェシカ・ローズって言う……」

「危ない!」


 女が叫んだ。でもまぁ、俺は慌てなかった。落ち着けって。そう思いながら俺は脚を踏みぬいた。

 ソバット……っていうとプロレスを思い浮かべるか? 

 いわゆる後ろ蹴り。俺の脚は背後にいた男の腹にぶっ刺さった。固い感触。やっぱりな。俺は俺の勘が当たっていたことに満足する。


 防弾チョッキを着ていやがった。俺のグロックを受けた時の反応がイマイチ鈍かったから、俺はチョッキを警戒していたんだ。いくら防弾チョッキって言ったって弾を受ければ肋骨くらいは折れる。その痛みを耐えて立ち上がったってことはやっぱり戦い慣れしている奴だ。俺の背後を取ろうと、猿芝居をかましてくるだろうさ。


 蹴りを受けて後方に飛ばされたのっぽに再び銃を向け、俺は訊ねる。はなから生かす予定だった。こいつはきっと実働班だ。裏に誰かいるに違いない……それは、そう、ハッキングなんて高度な技術を使って俺になりすまし、事務所に入れるよう仕向ける奴とか。

「吐けば命は助ける」

 のっぽは銃を向けられても笑っていた。俺は続ける。

「三秒待ってやる」


 一。カウントを始めると、意外にも男はすぐにしゃべった。

「ホムンクルス」

 それは、俺たちデザイナーチャイルドに一番言ってはならない言葉だった。


「おい」

 俺は三秒の宣言を忘れてのっぽに掴みかかった。

「誰だ。誰が背後にいる」

「お前はフラスコの中から出られない」

 のっぽが笑った。

「俺を捕まえても、な……」


 視界がカッと明滅するのが分かった。あの時の、あの瞬間を思い出す。人造人間。フラスコ。色々なことが頭を巡る。


「貴様……」


 突きつけたグロックの引き金を引こうとした時だった。


「やめて。そこまでよ」


 ボートハウスは部屋の中央に階段がある造りになっていた。その階段から彼女は下りてきた。ショートカットの小さな顔。目は緊張に吊り上がっている。しかし元の彼女は垂れ目の、柔らかい雰囲気の女性だと分かった。

 唐突な言葉に俺は彼女の方を見上げた。

 女は告げた。




「私が、ジェシカ・ローズ……」

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