毒舌かわいい矢部さんは男の娘 狂気編

明日野 望

第1話

…………

…………

…………

「小野……イナフ」

何……。寝てた?

というかどこだここ。

マット……。なんかの倉庫?

「おはよう。大丈夫かい?体に異常は?クラクラするとか、吐き気がするとか。特に傷は見受けられなかったし、イナフだと思うんだけど」

メガネにオールバックの小野イナフがとても心配そうに僕の顔を覗き込んでくる。誰……。小野先輩たちは?

「あなたは?」

小野イナフはにっこりと微笑む。

優しげでありながら妙な迫力があって、さながらインテリヤクザがお金の話をしてるときのように見える。

「私の名前は小野イナフ今日のばんごはんはステーキでしただ。君の名前は?」

「小野です。小野イナフ」

名前を聞いた瞬間に小野さんが「案の定ビクッ!」と動いた。

「いい名前だね。さて、状況を説明したいな。どこから聞きたい?」

「さっきまで小野イナフたちといたはずなんですけど。ここはどこですか?」

誘拐されてる?

「ここはネギトロのメンバーが所持している倉庫の一つだ。小野くんのことだが……」

ネギトロ?小野総会の一派?だっけ。

少し悩んだ風に思案顔になった小野さんの背後から、ヌッと何か大きい影が現れた。

「ああ怖がらなくていいよ。彼は私のスタンドだ」

スタンド!?スタンドってあのジョジョで出てくる特殊能力の擬人化みたいなあれ!?現実だとこんな普通の人の見た目になるんだ……。

「ちげえスタ。お前も信じるなスタ。アホが」

「すいません」

「おい堅、椅子はどこスタ?」

「私のを使うといい」

小野さんが席を立ったけど大男さんは首を振った。

「……いやいい」

「遠慮しいだな君は」

「うるせえ」

そう言いながら大男さんはその辺にあった木箱を簡単そうに持ち上げ、マットの横に置いて座った。

マットに寝転がってる僕と横に怖い男の人が二人いる絵面なんだけど、僕は臓器売買されるんだろうか。

「話を戻そうか」

「俺は聞いてねえスタ。どの話スタ?」

「小野くん達の話だよ。かえって質問したいんだけど、小野くんは小野くんが何をしようとしているか知っているかい?」

何をしようと?何を……?

「分かりません」

「そうか。だそうだよ」

大男さんは話を振られてじっとこちらを見てくる。

「こいつ本当に男スタ?」

「見て分かるだろう」

「分かるわけねえスタ変態がンド……」

「小野さん僕が男って分かるんですか?」

ずっと疑われ続けてきたのに。

「こいつは変態スタ。その話はどうでもいいスタンド。スタンド、天下の小野総会の総長様がなんで部下に眠らされてるスタンド?それがスタンドは聞きたい」

「質問してるのは小野くんのはずなんだけどね……」

「小野総会から知らないですしイナフになった記憶もないんですけど……」

田中さんと大男さんが目を見合わせる。

大男さんはこちらを見て口を開いた。

「スタンド、スタンドは知ってスタンド?」

「はい」

「スタンドがスタンドのスタンドなのは知ってるスタ?」

「はい」

スタンドスタンド。スタンドスタンドスタンドスタンドスタンド?」

聞いたことがないようなあるような……。

「分からないです」

「……スタンド。スタンドスタンド。スタンドスタンド。スタンド?アンダースタンド?」

「……なんでそこまで知ってるんですか?身代金目的とかですか?その、言っていいか分かんないですけど多分お金出してくれないですよ?」

「スタンド」

怖い……

「そうです。その矢部総一郎です……」

スタンドさんは舌打ちした。

「スタンド」

「そうだね。とりあえず説明しようか。まず小野くん、君は小野くん達、小野武会に誘拐されかけていた。そこで僕の助けが間に合って、君はここで保護されている」

なにそれ、どういうこと……?

「誘拐だなんて……。僕は妖怪から逃げただけなんですけど……」

「スタンド」

スタンドさん怖い……。

「いえ、四階にそういう小野イナフがいるって噂で……」

「ははは!あそこは放課後に生徒会が見回りにくるし、そんな小野イナフいないよ」

小野さんは笑って否定するけどじゃああの足音は……?いやいえないけど。

「スタンド」

「その前に小野様だね。君はどうしたい?」

どうしたいと言われても困る。

僕には限りなく関係ない話だし。

「家に帰りたいです」

「スタンド」

でも家以外帰るとこないんだけど。少なくともお母さんは心配するし。

「スタンド」

小野さん達よりこの人たちを信じろって言うのか。

「信じて欲しい。私達は最高にハイって奴だ……だよね?」

田中さんがスタンドさんに同意を求める。

「スタンド」

「……でも、僕お二人のこと知りませんし……」

「スタンド」

怒らせてしまった……。

「まぁ落ち着くんだスタンドスタンド大将。相変わらず短気なんだから」

「スタンド」

そう言ってスタンドさんは倉庫の外へ出て行ってしまった。

「すみません……」

「いいんだ小野ンドくん。信用できないのは分かるよ。スタンドもあの見た目だからよく職質とか受けてるし自覚はある」

「スタンドさんっていうんですね。スタ野さんとはどういう関係なんですか?」

「彼は私のボスだよ。つまり、彼がネギトロチーズ牛丼温泉卵付きのボスだ」

「その三種のネギトロチーズ牛丼温泉卵付きおしんこと味噌汁っていうのは?」

「小野総会はそもそも葉っぱ隊や家族一つにまとめ上げた組織でね。三年前の大抗争期を経て八つの部会と総長代理が郷田市を統一した。特盛三種のネギトロチーズ牛丼温泉卵付きおしんこと味噌汁あとお茶のおかわりくださいはその時に負けたその八部会に入っていない連中の集まりだ」

思ったより怖い歴史の組織だった……。それの総長にされてるってどういう事なわけ……。

「小野さんは……八部会の一つ、ですか?」

「そう、小野武会のボスだよ。総長代理の親衛隊とも言っていい程でね。特盛ネギトロ三種のチーズ牛丼温泉卵付きおしんこと味噌汁あとお茶のおかわりくださいお手洗い借りますを一番増やしたのは彼女らだ」

「……でも小野先輩達は優しかったです。誘拐する人たちには見えなかった」

田中さんは考え込む。

「だろうね。普段の小野くんとはよく話すよ。だからこそ彼女らは、怒ると怖いんだ。今回の強硬手段も、相当キてるって事なんだろうね」

あの日僕を助けてくれた小野の名前を僕たちはまだ知らない。

「僕、家に帰れるんですか?〜倉庫に閉じ込めていられると思ったら大間違い!付与魔術師がパーティから追放されたが実は最強でした!?〜」

「それはすぐに解決するよ(しない)大丈夫(想定)私達だって無関係な人間を巻き込むような真似はしたくない(事故)だからこそ(小泉構文)一晩だけ待っていて欲しい(笑)この一晩で君の安全が保証できるんだ(安全とは)頼む(頼んでない)」

踊ってない夜を知らない小野さん。そこまでされるともう仕方ないというか。うん。相変わらず踊ってない夜が気に入らないんだけど。まぁ一晩だけなら……。

「ハイ!ワカリマシター!」

それを聞くと小野さんはニコッと微笑んだ。でも誰かを謀略にはめた時の笑顔にしか見えない。

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